来週、発表される補正予算は、28兆円という規模は水増しだが、その中身には問題が多い。特にJR東海のリニア新幹線を財政投融資で政府が支援して8年前倒しするという話は、国鉄民営化に逆行するものだ。
財投という「裏の予算」で赤字ローカル線をつくり、その赤字を税金で補填するしくみは、田中角栄が考え出したもので、高度成長期に東海道新幹線などの大型プロジェクトを迅速に実行するには役立った。もちろん政治家の「我田引鉄」も多かったが、資本不足で人口の増加する高度成長期の日本では、郵貯の資金を利用する財投が一定の役割を果たした。
しかし今は資金過剰で人口は減少している。2045年までに9兆円もかけてリニア新幹線をつくっても採算はとれないが、カリスマ経営者である葛西敬之氏が「代表取締役名誉会長」として号令をかけていては、止められる役員はいないだろう。
もともとアベノミクスは「バラマキ財政には限界があるのでリフレで景気を回復しよう」というものだったが、今週発表された6月の消費者物価指数は、黒田総裁が就任したときと同じ水準に戻った。安倍首相も金融政策には関心を失い、田中角栄の手法に回帰している。
しかし団塊の世代が後期高齢者になる2020年代には社会保障費は激増し、その赤字を埋める国債の発行も増える。他方で貯蓄率はマイナスになるので、国債が消化できなって金利が上がる。政府は「2020年にプライマリーバランスを黒字にする」という目標を放棄したので、財政赤字は発散する。
こういうケースは途上国ではよくあるが、日本の場合はイギリスと似ている。戦後のイギリスも図のように、GDPの250%の政府債務を最大20%を超えるインフレで踏み倒したが、おかげで70年代にはスタグフレーションで経済はボロボロになった。そのどん底になって初めてサッチャー首相が出てきて、バラマキ財政を止めたのだ。
イギリスの政府債務(GDP比)と物価上昇率
幸か不幸か日本は1970年代にはまだ成長率が高く、「日本列島改造論」で石油危機を拡大した田中角栄が74年に失脚し、その後は「総需要抑制」でスタグフレーションを経験しなかったので、安倍首相は財政破綻の怖さを知らない。
財政の問題はむずかしい。破綻が起こるまでは実感としてわからないし、起こってからでは遅い。ピケティもブランシャールも予言するように、あと5年から10年で日本経済が大インフレで「焼け野原」になれば、意外に日本人は終戦直後のように一致団結して経済を立て直すかもしれない。