人の処遇については、よく、人件費という費用の扱いではなくて、人への投資という資産の扱いとして、考えるべきだといわれる。この思想が人的資本投資の理論である。
人的資本投資の基底には、企業の成長を支えるのは人間の創意工夫だという至極当たり前の理念がある。創意工夫は、与えられた仕事を与えられた通りにやっている限りは、生まれ得ないわけで、与えられた仕事以上の付加価値の創出を目指す志向性を必要とする。
さて、この創意工夫を軸に報酬の体系を考えたとき、そこには、三つの要素を認め得るはずだ。第一に、与えられた仕事の対価、第二に、創意工夫への期待の対価、第三に、創意工夫によって生まれた付加価値の分配、この三つである。
次に、創意工夫にも次元の違いを認め得るであろう。ある仕事の範囲内における創意工夫と、新たな仕事自体を創出する創意工夫との違いだ。いま、前者について報酬の三要素を考えたのだが、後者については、全く新たな第四の要素を考えなくてはならない。それが企業価値の分配である。
企業価値の分配というのは、新たなる仕事を生み出すということは、新たなる企業価値を生み出すということだからである。こうして、人的資本投資の理論の中核は、この四つの報酬要素、即ち、仕事の対価、期待の対価、付加価値の分配、企業価値の分配について、その合理的な算出方式を定める体系となるのである。
ところで、報酬というのは、水準が重要ではあるのだが、払い方も劣らずに重要である。払い方には二つの軸があって、一つは、給与、賞与、株価連動処遇等という形態の軸、二つが、先払い、今払い、後払いという時間の軸である。
形態の軸についてみるとき、給与には、仕事の対価の要素と、期待の対価の要素が混在し、賞与には、仕事の対価の要素に加えて、付加価値の分配の意味があり、株価連動処遇には、企業価値の分配の意味のあることは、明らかである。
払い方の軸についてみるとき、先払いは、期待の対価として、今払いは、仕事の対価として、後払いは、付加価値の分配と企業価値の分配として、位置づけられることは容易に理解できる。
こうして、報酬の四要素に、水準、形態軸の払い方、時間軸の払い方の三つの手法を適用して、合理的な処遇体系を構築していくのが人的資本投資の理論である。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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