5分では読めない総括緩和

まずは今回のコラムのタイトルの解説をしたい。日銀は「5分で読めるマイナス金利」という文章をサイト内で公表している。そのタイトルの一部をお借りし て、総括緩和という新たな造語を加えてみた。これは9月の決定会合の総括とともに追加緩和を模索するであろうということを予想して、その総括の内容と追加 緩和の手段を5分程度で考えて(先を読んで)みようとの無謀な試みである(以下の推測はあくまで個人の見解である)。

最初に総括の内容を予測するにあたり、その条件となるものをいくつか整理してみたい。この総括という言葉は7月29日の金融政策決定会合の公表文に下記のような形で出ていた。

「なお、本日公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で示した通り、海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、物価見通しに関する 不確実性が高まっている。こうした状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量 的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととし、議長はその準備を 執行部に指示した。」

この総括に関して黒田総裁は会合後の会見で、「2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するために何が必要かという観点から、「総括的な検証」を行うということです。」とコメントしている。更に会見では下記のような発言もあった。

「政策の逐次投入が望ましくないと言った意味は、その時々で必要にして十分なことを行わずに、情勢の悪化に引っ張られて次々に逐次的にやっていくやり方 は適切ではないということです。その時々で必要にして十分な政策をきっちりと行うということが、逐次投入を避け、金融政策の効果を最大限発揮させることに なると思っています。」

「端的にいえば、金融緩和の効果が経済全体としては相当効果が出ているとはいえ物価については道半ば、という状況等をよく総括して分析・検証するという ことが、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するという観点から非常に重要だと思いますので、そういったことを行う、これは政策委員会の総意 です。」

発言の内容の矛盾点等についての指摘は今回は止めておく。あくまで総括の予測をする上でこれらの発言内容を吟味したい。ポイントは日銀は物価目標達成に 向けての姿勢は維持しており、後退するような内容とはならないこと。逐次投入については「その時々で必要にして十分な政策をきっちりと行う」のであればこ れを容認する。その結果としてなのか、7月の決定会合の公表文のタイトルが白川総裁時代の逐次投入時につけられていたタイトル「金融緩和の強化について」 になっている。

さらに岩田副総裁が8月4日の講演で総括に関わるコメントをしていたのが下記となる。

「世界に例をみない大規模な金融緩和にもかかわらず、残念ながら2%の「物価安定の目標」は未だ達成できていません。こうした認識に基づいて、政策効果 の波及メカニズムやそれを阻害した諸要因などについて、検証したいと思います。また、1月に導入した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、マイナス 金利と国債買入の組み合わせによって、金利引き下げにきわめて大きな効果を発揮しています。同時に、金融機関や金融市場にも様々な影響を与えています。こ うした政策のメカニズムや、実体経済・金融面に対する効果や影響についても点検したいと考えています。」

ここにいくつかヒントが隠されているように思われる。この講演の内容にはいわゆる企画関係の執行部も目を通しているというか、このあたりの文面に大きく関わっていることが予想されるため、これは総括を指示された側の人達が文章に関わっている可能性が高い。

つまり総括のひとつのテーマは大胆な緩和で経済・物価は日銀の想定どおりの回復を見せているが、物価目標は達成されていない。総括ではその理由をピック アップすることとなる。この答えは上記の黒田総裁や岩田副総裁の発言でも触れられており、総括ではそれを数字を含めてもう少し具体的に説明がなされるでは なかろうか。その上で何かしらの手を加えるものがあるとすれば何か。

ここにひとつの可能性が浮かび上がる。今回の総括の目的のひとつが期待インフレ率の上昇にあり、それは足元の物価指数に影響を受けるのであれば目標とす る物価指数そのものを変えてしまうという手である(かなり無茶であるのは承知)。目標を全国消費者物価指数ではなく、日銀が公表しているコアコア指数とす れば、6月も前年比マイナス0.4%ではなくプラス0.8%となる。さらに目標達成時期については2年といった期間は削除するものと思われる。

そしてもうひとつの問題は、マイナス金利による金融機関や金融市場への影響である。少なくとも効果があったとしているマイナス金利政策を解除するという 手段は取らないとなれば、特に金融機関への影響を少なくするための工夫が求められよう。今年1月に決定した多段階方式のマイナス金利に対して、もう少し柔 軟な適応も検討されるのではなかろうか。とにかくも付利の一部にマイナスが残ればマイナス金利政策は継続されることになる。

この段階ですでに5分以上経過しているような気がするが、このような総括の上で、それではどのような追加緩和策が検討されるのか。国債の量とマイナス金 利は維持することを前提に考えると、追加緩和手段としては質の面、つまり7月のETFといったような国債以外の買入資産の買入増額等がある。ETFや REIT、社債などに加えて新たに買い入れる資産を模索する可能性もある。為替については財務省の管轄であり、米国債の買入についてはいろいろと難しい面 もあるが、国内金融機関が保有している米国債を買い入れるなどの手段が検討される可能性はあるかもしれない(これもハードルは高いが)。

さらに量の面では、公表文にも書かれている「金融市場の状況に応じて柔軟に運営する」という点から、よりフレキシブルなものとする一方で、買入国債の年 限をさらに長期化するなどの手段も考えられる(これも一応、緩和強化にできる)。銀行保有の国債を手放せるように昨年12月の補完措置のような適格担保の 拡大等が図られる可能性もあるか。日銀の国債買入がどの程度まで可能か(数字上はまだ日銀は国債発行残高の3割しか買っていないが)、そのあたりを見計 らった上で現在の大胆な緩和策を2020年まで継続する、といった時間軸を設けることで、長い金利にも引き続き低下圧力を加えようとするかもしれない。政 府とのアコードの再強化という方法もあるが、どうも財務省と日銀と官邸の距離感がおかしくなっているようにもみえるので、これはなかなか難しいかもしれな い。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年8月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。