本質を見極める

拙著『君子を目指せ小人になるな』(致知出版社)の「プロローグ」で私は、嘗て「アジアの巨人」として世界中から高く評価され自国を繁栄に導いた指導者、台湾の李登輝元総統の次の言を引用して御紹介しました――大事なのは「信念」であり、自らに対する「矜持…きょうじ」(確かな自信があっての誇り)なのだ(中略)。そうした信念や矜持をもつには精神的修養が重要で、それが最終的に、物事の本質を見抜く洞察力や大局観につながるのだ。

物事の本質を見極めるとは、そう簡単ではありません。多くの人は極めて皮相的に物を見あるいは余りに短期的に物を見て、本質に至らないことが往々にしてあるように思います。本質を見極めるに何が求められるかと言うと、之は単に何かを勉強したら直ぐに出来るようなるといった類ではありません。本質を見極めるべく物事の根本は何かというふうに、常日頃より考え方のトレーニングをし続けなければなりません。

今から45年以上も前、松下幸之助さんは教育的観点から、次のような憂いを表しておられます――物事の本質を正しく教えるのが教育というものであろう。古来、名君といわれた殿様は、たいていの場合、そういう教えを十分に受けつつ成長したようである。今日の教育は、果たしてそのように、物事の本質を正しく教え、名君を育てるものになっているだろうか。

物事の本質を見極めるとは、時間が掛かるプロセスで一朝一夕には行きません。自分が努力しなければ、その道には到達できないのです。中長期的・多角的・大局的に物事を捉えるべく、自分の目を養って行かなければならないわけです。

「兎角人間というものは手っ取り早く安易にということが先に立って、その為に目先にとらえられたり一面からしか判断しなかったり或は枝葉末節にこだわったりというようなことで物事の本質を見失いがちであります」とは、安岡正篤先生のです。之は枝葉末節か否かと自問自答し続けないで、中々本質を見極められるようにはなれないものです。

安岡先生は「思考の三原則」と称して、長期的・多面的・根本的に物事を見るということが大切だと様々な書物で説かれてきました。一つの現象において、これら三つの側面に拠って物を考えて行くのが正しい考え方なのです。此の考え方を身に付けて行けば、かなりの程度物事の本質を見極められるのではないでしょうか。

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