憲法9条のことを外国人は知らない --- 神谷 匠蔵

寄稿

ときどき見かける護憲派の議論の中に、憲法9条は「世界に誇れる平和の規範」という主張がある。実際NHKの世論調査などによると、世界に先駆けて成文化された「平和条項」である日本国憲法第9条を誇りに思っている日本人は少なくないようだ。

だが、外国における9条の評価は全く異なっている。もちろん外国にも平和主義者はいるし、中には9条を本当に高く評価している外国人もいるのかもしれない。しかし一般的にはそもそも普通の外国人は日本のことをそんなによく知っているわけではない。下手をすれば中国や韓国と日本の区別が出来ない人も決して珍しくはないのだ。

とはいえ、彼らのような日本に特に強い関心を持たない普通の外国人たちと話しをしている時でも、相手は私が日本人であるというだけで「日本ではどうなのか」という質問をことあるごとにしてくるのが常だ。

そのこと自体は特に何でもないことだし、私は日本人として日本のことを外国人に少しでも知ってもらうことは良いことだと考えているので、聞かれれば何でもなるべく正直に話すようにしている。ところが、海外で外国人に日本について話すことには私が当初予想していなかった困難がある。それは、私が正直に日本の現状を話してもヨーロッパ人たちの常識から離れすぎていて、すでに来日経験があるような稀有な人でもない限り容易に信じないのだ。下手をしたら私は日本のことがよほど嫌いなのかと勘違いされてしまうことさえある。

例えば、「日本では女性は専業主婦を希望する人が今でも少なくない」と言うだけで、ヨーロッパ人は驚愕する。「同性婚は日本では認められていないよ」と言えば、「そりゃえげつないな」と返される。「日本はもっと進んだ国だと思っていた」という付言がつくことも多い。全く失敬千万な話しではあるが、ヨーロッパ人からすれば「日本」という先進的なイメージにそぐわないということなのだろう。

ただし上記の例は一般ヨーロッパ人の日本に対する無知あるいは無関心の反映というだけでなくヨーロッパの「進歩主義」やフェミニズムがもたらす偏向という面もある。だが、逆に日本がヨーロッパ人から見て「進歩的」すぎるが故に彼らを驚愕させる場合もある。それが9条の場合だ。

もちろんヨーロッパ人には9条のことなど知らない人が多い。だが例えば「日本は憲法上軍隊を持てないことになっているんだよ」というような形で日本は「平和憲法」を持っているということを伝える機会は意外にも少なくない。すると彼らは大抵「嘘でしょう?Defense forceはあるでしょう?イラク戦争の時にアメリカと一緒に戦ったはずじゃない?」と返してくる。

仕方がないので「確かにDefense forceのようなものはあるけど、公式には軍隊ではないし、海外では戦えないことになっている。イラク戦争の時も直接戦ったわけじゃないし、それでさえ知識人には憲法違反だっていう人がかなりいるんだ」とさらに説明すれば、「本当か?」と言ったきり沈黙する。その後「その憲法はアメリカの影響なのか?」と聞かれる。

私はすかさず「影響もなにも、GHQが草案を書いたんだ」と答える。ここでようやく「やっぱりアメリカの仕業か」とヨーロッパ人は納得するのだ。最終的には「まあ、平和なのはいいことだよね」とこちらがどこか哀れみのこもった眼で慰められる始末である。

他にも、例えば沖縄に未だに米軍基地があることを知れば外国人の多くはショックを受ける。彼らにとっては日本が未だにそんな屈辱に耐えていること自体が衝撃的なのだ。日韓関係が悪いことは比較的よく知られているが、これも単に日本側が歴史問題で韓国を刺激するせいなのではないかと思っている人が多い。

竹島を韓国が実効支配していることを話すと、「冗談だろう」と笑いつつWikipediaやGoogle検索ですぐ調べるのがヨーロッパ人の良いところで、それが事実だとわかると途端に「それなら日本が韓国に悪感情を持っても仕方がないな」と理解が得られる。

何が言いたいかというと、国際世論などというものも畢竟この程度のものなのではないかということだ。日本について詳しいわけでもない外国人の意見など所詮は限られた情報に基づく印象に過ぎない。しかも部外者の中でも特にヨーロッパ人は正しい情報さえ与えればすぐに見方を変える柔軟性を持っている。かつ、国際世論の最も重要な要素のひとつは西ヨーロッパ諸国の共同意見だ。隣国の一つや二つから強烈な反発があるとしても、西洋世界で「国際的」理解が得られるようなことを躊躇する合理的な理由があるだろうか?

まとめよう。「国際的」には、憲法9条のおかげで極東地域の平和が守られているなどとは誰も想像さえしていない。「国際世論」は、あくまでアメリカと日本が双方の「国防軍」(defense force)によって共同で平和維持活動をしていると「勘違い」しているが、逆にいえばそれこそが本来の姿だということを暗に示唆している。

また「国際世論」は日本が国連やUNESCOに対してどれほど貢献してきたかなどということは知りもしなければ気にもかけていないし、当然日本政府が中国に対し巨額のODA資金を捻出したことも、定期的に中国や韓国で生ずる「反日デモ」の惨状も、韓国が「竹島」あるいは “Liancourt rocks” を実行支配していることも知らない。

こういう「国際世論」の上に、現行の憲法9条体制は成り立っている。

これは誰の責任なのだろうか。情報発信を怠ってきた日本の知識人や政治家の責任だろうか?否、責任など結局誰もとらないのが戦前以来の我が国最大の欠点なのだからこの問いは無意味だろう。誰かが切腹すれば解決する話でもない。

しかしこんな現状が続いていいはずがない。

憲法改正までは出来なくとも、せめて「国際世論」のために国益を犠牲にするのだけはもうやめていただきたい。

国民の一人として、僭越ながら愚見を開陳させていただいた。このような場を与えていただいたことに心より感謝申し上げる次第である。

 

神谷 匠蔵

1992年生まれ。愛知県出身。慶應義塾大学法学部法律学科を中退し、英ダラム大学へ留学。ダラム大学では哲学を専攻。