(上)より続く。
(写真6)モンサントの農業情報サービスの「クライメイト」。その地域に降った雨量がひとめで分かり、作業を計画できる。
(写真7)クライメイトのサービスの一つ。衛星写真を解析して、農地の作物の成長の程度を色分けして表示する。
モンサントは、2015年に300件以上の企業を毎年審査し、20社に新規投資をしたという積極的な買収活動も行っている。2013年に買収した農業情報企業クライメイト・コープレーション社のサービスを、今大きく展開しようとしていた。
同社のサービスの「クライメイト」では、iPadやスマホなどの情報端末でさまざまな農業関連情報を農家に提供。天候、衛星写真を使った農地の作物の成長、適切な肥料の投入時期の参考情報も提供する。米国の農家は1シーズンに種まき、刈り入れの時期など、重要な決断を40ほどしなければならないそうだが、その判断を情報で支える。また作業の計画や内容も、クラウドに保存できる。
このクライメイトは2015年から本格的にサービスを開始したが、無料サービスではすでにトウモロコシやダイズの作付面積の米耕地面積の7割分の農家が、これを利用しているという。データの利用量によって、無料から年数10万円の料金になる。
「『ビッグデータ』の活用があらゆる産業で検討されています。農業は大量のデータがあるのに、適切な時に必要な人に届けられないことが多かったのですが、このサービスで変わっていくでしょう」。クライメイト社のプラディプ・ダス主任研究員は語った。農業情報サービスはこれまでも、スマホなどの情報端末で使いやすいサービスはなかなか開発されていなかったという。
巨大な研究施設で遺伝子のデータを集積
モンサントの本社に隣接された中央研究所も見学した。これまでの品種改良は作物の数世代分のデータを集積し、数百の苗を掛け合わせる必要があった。また偶然性に頼る面があった。ところが遺伝子組み換え作物では遺伝子を分析して、特定の性質を持つ遺伝子を選択的に活用する。そのために品種改良の手間が劇的に減った。今は複数の性質を組み込んだ、遺伝子組み換え作物が開発されている。ただし、モンサントが一つの品種の種苗だけを提供するわけではない。その国や土地にあった品種に、遺伝子組み換えで得られた特定の性質を与えていく。すべてのトウモロコシなどの作物が単一の品種になるわけではない。
研究所では開発と研究のために、苗を培養し、また穀物を栽培する室内農園があり、データをとっていた。
(写真8)屋内に置かれた「圃(ほ)場」
印象に残ったのは、遺伝子組み換え作物の効果だ。「写真9」は、畑から展示場所に移し、1週間経過したダイズの姿だ。反時計回りに上から無農薬、農薬をかけたダイズ、遺伝子組み換えで害虫耐性を持った植物だ。すると、無農薬では虫に食べられぼろぼろになり、農薬を使ってもある程度は食べられてしまうが、遺伝子組み換えダイズは緑色のままだ。
(写真9)
同社が力を入れる生物製剤の効果を示す展示もあった。この薬剤は農作物の成長を促す成分を取りだし、成長を補助する肥料の一種にするもので、遺伝子工学の技術が応用されている。「写真10」は左から、無農薬、従来の肥料、新製品の製剤「クイックルーツ」を使ったものだ。根の成長が著しい。
(写真10)
根が長く成長することで、干ばつや水不足、気候変動や温暖化でも、植物が成長できるようになる。同社の最新の技術は、気候変動という日本を含めた地球全体の課題にも役立つ。
農家は利益を得るためにモンサント製品を使う
(写真11)遺伝子組み換えトウモロコシと農家のケリーさん。以前は、害虫にやられるので、これほど密集して植えなかったという。収穫はこの作物の導入で増えた。
米国穀物協会の紹介で、このツアーのイリノイの2件の農家を訪問できた。詳細は、別原稿で紹介するが、彼らはモンサント社の製品を使っていた。
一人はロイ・ウェンデさん(56才)。遺伝子組み換え作物は、1996年に商品化された直後から、ほぼすべてのトウモロコシ、ダイズを置き換えた。モンサントのクライメイトなどの商品も使っている。「遺伝子組み換え作物で収穫は少し増えた。作業は楽になり、その結果、コストが下がりました」という。
もう一人はダン・ケリーさん(68才)。少しずつ遺伝子組み換え作物の量を増やし、今は9割以上が、遺伝子組み換え作物になっている。「収穫は単位面積当たりで1-2割増え、作業は楽になった。農薬は、それを使う場合に安全対策が大変だ」と述べた。以前は、非遺伝子組み換え作物も並行して栽培し、そちらの値段が高い傾向があったが、「最近は値段差が縮小していて、手間をかける意味が少なくなっている」として、遺伝子組み換えを増やす意向だ。
遺伝子組み換え作物は、米デュポン、独バイエルなども参入している。しかしそうした中で、2人はモンサントの農薬ラウンドアップを使っても枯れない遺伝子組み換え作物を選んで栽培していた。作業が楽になるためだ。
遺伝子組み換えの健康への影響については、2人とも、「その可能性はないと思う。懸念はしていない。それよりも農薬が減る方が、私たちにも、消費者にも、健康では良い影響がある」と同じ発言をした。2人とも、米国科学アカデミーが今年5月に発表し、安全性に問題はないとするリポートを読んでいた。
アメリカの大規模農家は、日本の農家のイメージと違い、やり手の「企業経営者」だ。仕事をめぐる情報をよく調べ、学び、自分に利益をもたらす有効な技術として遺伝子組み換え作物を使いこなしている。
そしてモンサントの技術は、農家に利益をもたらしている。モンサントに対しては、大資本が、その商品を無理に買わせて、弱い農家を虐げているという紋切り型の批判がある。事実は真逆で、農家が自身の利益のためにモンサントを使っていた。
悪しきイメージを脱却、対話を広げるモンサント
モンサント本社を見学し、また使う農家の話を聞くと、同社とその持つ技術は、米国農業で生産性を大きく向上させていた。
懸念は健康と環境への影響だ。しかし米国科学アカデミーは今年5月、「健康被害はこれまで観察されない。環境の悪影響もこれまで観察されていないが、その調査は継続して行われるべきだ」という趣旨のリポートをまとめた。(参考記事「社会に貢献する米科学アカデミー」)
ところが不思議なことがある。遺伝子組み換え作物に反感を持つ人々の反対運動が根強いのだ。そして先駆的にそれをビジネスにした、モンサントが批判を集めている。同社の種子や除草剤ビジネスを批判する本や映画、主張などが後を絶たない。日本でも、欧州の情報に影響され、モンサントや遺伝子組み換え作物を批判する人が多い。
「遺伝子を変える」という行為に、一般の人は気味悪さを感じるのだろう。ただし観察すると過激な主張をする人は、どの国でも、ごく一握りだ。そして信念や善意によって反対をする人に加えて、遺伝子組み換え食品と、商品として競争する自然食品の販売者、関係者、また政治活動家が反対派にいる。この問題では、反対することによって利益を得る人がいるのだ。これは原子力をめぐる反対運動を観察してきた筆者にとって、その反対運動の姿はよく似ていた。
この問題を広報担当マネージャーのウィリアム・ブレナンさんに聞いた。何にでも返事を即答する優秀な広報マンで、コミュニケーション能力が高く、同社が広報・PRに力を入れていることがうかがえた。
「モンサントに批判があることは承知しています。ただし私たちは自由な言論活動や意見表明を妨害することはありません。また健全な批判は歓迎します。そして私たちにも反省があります。これまで農家との意思疎通は重ねてきましたが、一般社会、そしてステークホルダーの皆さんと農家ほどにはコミュニケーションを深めてきませんでした。今はさまざまな立場の方と対話を重ねています」という。
モンサント本社への見学は年900団体もあり、広報チームが分担して、可能な限り、希望者を案内している。反対派から、料理のプロ、小学校から大学生までの学生、そしてユーザーである農家、海外からの要人、あらゆるメディアなど、多様な人が来るという。世界各地のモンサントの支社でも広報担当者が市民集会などに出向き、話す機会を増やしている。ホームページでの情報公開も充実し、さまざまな寄せられる疑問に、広報担当者が丁寧に答えている。
「誇れる会社、良い会社でなければ、私はここで働いていません。私たちの世界を変える最先端の農業技術を、日本の皆さんにも知っていただきたいのです」とブレナンさんは語った。
農業の技術革新を日本の農家、消費者が享受しよう
遺伝子組み換え作物に抵抗感をもつ人は多い。しかしこの技術が穀物の生産性を上げ、多くの人に利益をもたらし、そして収穫を増やしていることを、モンサントの本社や米国農家を訪問して改めて知ることができた。
遺伝子組み換え作物は、米国だけではなく、世界の農業を大きく変えた。英国の農業調査会社PGエコノミクスの最新データによれば、遺伝子組み換え作物を使うことで、2014年に世界で177億ドル(約2兆1240億円)の農業所得の向上があった。その半分が開発途上国でのものだ。またこの種の作物で収穫量の増加は1996-2014年に大豆で1億5840万トン、トウモロコシが2億2180万トンだった。日本の国内消費が大豆で年約300万トン、トウモロコシで年1500万トンであることを考えると収増量の増加効果は大変大きい。
日本で遺伝子組み換え作物は輸入され、植物油などの加工食品の原材料になっている。ところが、そのまま使う販売は流通業者によって自粛され、国内で栽培することは法律では禁止されていないのにこれも農家の自粛でなかなかできない。不思議な状況が続いている。筆者がこれまで紹介した最新技術の恩恵を、日本の農家も消費者も、享受できていないのだ。(参考記事「遺伝子組み換え作物、なぜ作れないのか【シンポジウム報告】」)
食糧をめぐる環境は世界でダイナミックに動いている。モンサントは「遺伝子組換え技術を中心にしたバイオテクノロジー」などの技術で、その動きに影響を与えている。衰退が続いてしまった日本の農業の再生に、ようやく政府が動き出した。規制緩和と生産性の向上の政策が、いくつも検討されている。さらに補助金のばらまきから、自立した意欲的な農家の支援という、「市場志向」に農業政策が転換しつつある。
そこで生産性の向上が注目されている。これは技術の革新がなければ実現しない。残念ながら、米国のバイオ産業と農業は技術の応用面で、日本よりはるかに進んでいた。そしてモンサントには遺伝子組み換え作物、ITの活用など、優れた技術を持っていた。それが日本では使われていない。
「日本の農業は技術面で遅れている」。その残念な現実を受け止めて、モンサントなどの最新の農業技術を導入していく必要がある。その活用は日本の農業、さらには消費者にプラスになる。視野を広げて世界に目を転じれば、農業での増産と温暖化防止は、地球への負荷を減らし、この世界を持続可能にしていく。
そのためにモンサントという優れた会社の本当の姿、その持つ優れた技術を私たちは知るべきだ。