音楽の都ウィーン市14区には欧州最大の北朝鮮大使館があるが、その大使館の建物が売り出されるという噂が流れている。東西冷戦時代には北朝鮮の欧州工作の主要拠点だった大使館は冷戦終焉後、イタリアを皮切りに他の欧州諸国も次々と平壌と外交関係を樹立したこともあって拠点としての価値を失っていった。そのうえ、オーストリア当局の監視がきつく、昔のような自由な活動(不法な工作活動)が難しくなってきた。
▲駐オーストリアの北朝鮮大使館の後方から見た全景(欧州最大の北朝鮮大使館、2016年2月9日、撮影)
そこで北朝鮮大使館を売り出して資金不足をカバーしたほうがいい、と平壌指導部が考えたとしても不思議ではない。ベルリンの北朝鮮大使館では大使館の維持費捻出のために大使館内で使用していない空間を事務所として貸し出すビジネスが考えられたと聞いたことがある。
国連安保理決議を無視し核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、欧州でも制裁が施行されているが、オーストリア外務省も北朝鮮外交官の活動を監視、その外交官数も現在は9人と久しく2ケタを割っている。
そこで大使館を売り出そうというアイデアが出てくるわけだ。しかし、問題はある。大使館を売り出すとしてもその周辺が歴史的地域に指定されているため、新しい買い手は勝手に改築したり、増築できない。市当局の許可が必要だからだ。
一方、北朝鮮側にとっても問題がある。大使館が売れたとしてもその金額が全て懐に入る可能性はないからだ。なぜならば、北朝鮮はオーストリアに対して1億6100万ユーロの借款(プラス利子)を抱えている。売れたとしてその大部分が借金返済分として消えていく可能性が高いのだ。
もう一つ厄介な問題は金光燮大使の処遇だ。同大使の金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間の長女だ。金正恩朝鮮労働党委員長にとって叔母に当たる。できれば、平壌に留めておきたくない。それでは、23年間、駐オーストリアの大使を務めてきた金光燮大使家族をどこに人事できるかだ。維持費と経費が安い東欧諸国、例えばハンガリーに送ることも考えられる。金光燮大使はウィーンに派遣されるまで駐チェコスロバキア大使を5年間勤めていた。プラハは現在、金夫人の家族、金平一大使が就任している。
以上、考えれば、ウィーンの北朝鮮大使館を閉鎖し、その建物を売り出したとしても利益が上がらないことになる。ただし、海外駐在外交官の脱北者が出てきている今日、不必要な大使館を閉鎖し、一定の大使館に併合させることは平壌にとって得策だ。例えば、スイスのチューリッヒの北朝鮮大使館に一定の外交官を集め、他の欧州をケアするというやり方だ。その場合、ウィーンの大使館を閉鎖したとしても支障は少ない。海外駐在外交官の監視もやりやすい。
金光燮大使は例年なら6月末から9月末、10月初めまで夏季休暇で平壌に戻るが、今年は8月末にウィーンに戻ってきている。その背景について、北消息筋は、「金正恩氏は海外駐在外交官の脱北対策のため戦略価値を失った大使館を閉鎖する一方、重要な国の大使館に外交官を結集させる指令を出したのではないか。金大使はその対応のために急きょウィーンに戻ってきた」と受け取っている。なお、金大使はオーストリアだけではなく、ハンガリー、スロベニアなど近隣諸国の大使も兼任している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。