【映画評】レッドタートル ある島の物語

渡 まち子
レッドタートル ある島の物語

荒れ狂う嵐に遭って、九死に一生を得た男が無人島に流れ着く。男はイカダを組み、何度も外海へと漕ぎ出すが、毎回、何者かの妨害にあって、島に引き戻されてしまう。絶望的な状況に陥った男の前に、ある日、一人の女が現れる…。

「岸辺のふたり」でアカデミー短編アニメーション賞を受賞したマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が放つ詩情豊かなアニメーション「レッドタートル ある島の物語」。ジブリが初めて手掛ける外国人監督の映画であること、名匠・高畑勲が脚本と絵コンテで協力していることなど、アニメファン、ジブリファンの間で話題となっていた作品だが、哲学さえ感じる、大人向けの秀作アニメーションに仕上がっている。

本作に感じるのは、圧倒的な情報量の日本のアニメやド派手なハリウッドのアニメーションとはまったく違う、繊細な手触りの、いわば“引き算の美学”。典型的なアート系アニメーションといえよう。簡素な線で描かれた絵柄は、人間の瞳の表情さえも小さな黒丸で表されるだけのシンプルな描写だし、せりふやナレーションもなく、テロップなどの説明もない。無人島に流れ着いた男が、何度も何度も島からの脱出を試みては失敗するのは、人知が及ばない何の力が働いているのではないか。やがて登場する大きな赤い海亀はいったい何を象徴しているのか。男の前に現れる女は、もしや、海、そして自然そのものなのだろうか。さまざまな疑問が胸をよぎるが、情報が削ぎ落されたこのアニメーションは、物語の解釈を観客に委ねて、それぞれの答えをおおらかに受け入れてくれる。

誰もが共通に感じるのは、人間もまた大きな自然の一部なのだとのメッセージだ。不思議な赤いカメは、太古から連綿と受け継がれ、これからもつないでいく命の象徴、そして愛と希望そのものに思える。愛らしい赤ちゃん亀や、どこかコミカルなカニたちの姿が微笑ましいアクセントになっているのもいい。孤独になり、家族を持ち、理不尽なまでの不幸を経験しても、懸命に前を向くことができるのが、人間の原初的な力だ。この神話的な物語が、絶妙に現実とリンクしていることに気が付くのは、見終わった後。豊かな物語を見た後だけに感じることができる芳醇な満足感がそこにある。
【85点】
(原題「LA TORTUE ROUGE」)
(日本・フランス/マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)
(ポエティック度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。