ガキ大将だった小学生の石田将也は、聴覚障害を持つ西宮硝子が転校してきたことで退屈な日々から解放される。硝子に対して心無いイジメを繰り返した将也は、ある時を境に自分がイジメの対象になって孤立する。硝子は転校し、将也は自らの殻に閉じこもったまま5年が経ち、二人はそれぞれの場所で高校生になった。将也は伝えたい思いを胸に、硝子のもとを訪れるが…。
元ガキ大将だった少年と聴覚障害を持つ少女を軸に、少年少女たちの切ない青春を描くアニメーション「映画「聲の形」」。「けいおん」を手掛けた京都アニメーションが作画、「たまこラブストーリー」の山田尚子が監督を務める。ふんわりとしたビジュアルはハートフルなラブストーリーを連想させるが、この作品は予想外の重さと深みがある秀作だ。
映画冒頭、小学生の将也が聴覚障害を持つ硝子をイジメ抜くシークエンスは、嫌悪感を感じる。さらに将也のイジメに加担していたはずの級友が、手のひらを返したように将也をイジメて将也が孤立する展開には、さらなる嫌悪感。いきなりのヘビーな物語に驚いてしまったが、本当の驚きはその後にやってくる。過去に硝子をイジメたことを悔いた将也は硝子と友達になろうと奮闘する。当然、ラブストーリーに傾くのだが、この物語はそれだけでは終わらず、将也、硝子、彼らの旧友たちと新しくできた友人たち、それぞれの感情と心理を丹念に救い取る群像劇へと変化していくのだ。友情、恋愛、わだかまり、嫉妬、自己嫌悪に鬱屈。思春期の彼らは、混乱しながらも自分の居場所を探している。
物語のテーマはコミュニケーション。耳が不自由な硝子は、懸命に思いを伝えようと奮闘する。だが音や声が聞こえるはずの将也や周囲のものたちもまた、誰かに自分の思いを伝えることの難しさを身をもって知ることになる。「友達になって」「好きです」。これらの言葉を伝える手話、表情、声にならない叫びが、もどかしくも切ない。
長い原作を129分の映画にまとめた脚本、京都アニメーションの安定した作画、声優たちの感情表現と、すべてのクオリティが高い。わかりやすいハッピーなラブストーリーを期待すると大きく裏切られるが、アニメーションにして、これほどリアルに青春の陰影を描く作品にはめったにお目にかかれない。この物語の登場人物たちが、自分と他者を受け入れようともがく姿に、生きる決意が屹然と立ち上ってくる。
【85点】
(原題「映画「聲の形」」)
(日本/山田尚子監督/(声)入野自由、早見沙織、悠木碧、他)
(心理描写度:★★★★☆)
の記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。