日銀の目標は国会議決なきインフレ税

中村 仁

戻るに戻れない異次元緩和

黒田日銀総裁の顔つきに最近、疲労の色が増し、別人のようでもあります。デフ レ脱却のためと称して突っ込んだ異次元緩和から引き返せず、「総括的検証」からでてきたのは「長短金利操作付き量的・質的金融緩和の導入。長期化を視野」 です。思いつく限りの政策を難解な言葉で、テーブルの上にすべて並べたてた感じです。

「短期金利はマイナス、長期金利はゼロ」が新政策の目標です。預貯金の金利 は相当な長期間、ゼロが続いています。一般国民の貯蓄からは利子所得は生まれせん。得べかりし利子所得は債務者(最大のものは国家)に移転させられている のと同じ経済現象がこれからも続くのです。多くの国民は「デフレなのだからしょうがない」と、あきらめているのでしょうか。

ほぼ同時に金融緩和の縮小に進もうとしていた米国が、利上げを見送りまし た。日本より体力のある米国でさえ、超金融緩和に踏み込んでしまうと、実体経済の何倍にも肥大化したマネー経済が動揺するため、こわくて容易に方向転換で きません。それなのに、日銀は緩和の道をさらにつき進むというのです。

突出する日銀の国債保有

新聞などが紹介するグラフ、図表の中で最も注目しなければならないのは、中央 銀行がマネー市場に供給した資金量の規模です。名目GDP比で米国は20%、欧州15%に対し、日本は70%で突出しています。震えがくるほど恐ろしい数 字なのに、黒田総裁は「物価上昇率が安定的に2%を超えるまで緩和を継続する」と言明しました。欧米は「前例のない日本の大実験には、この先、どんな事態 が待っているのか見守ることにしよう」という気持ちでしょう。

黒田総裁は何を狙っているのでしょうか。口ではデフレ脱却といいながら、別 の狙いを「インフレ税」に置いているような気がしてなりません。インフレによって、先進国では最悪の国家債務(国債1000兆円)を減価させるのです。こ れを別名「インフレ税」を呼びます。しかも、「インフレ税」という税金は国会の議決なしに進めることができます。

2%目標に届かず、1%のインフレであっても、国家債務は毎年10兆円、減ります。増税で10兆円を稼ぎだすのは大変なことです。10年、続ければ100兆円も減ります。20年で200兆円の減価です。裏からみると、毎年、国会の議決を経ないでも、毎年10兆円の増税ができるのと同じ効果があります。50年で半減です。

インフレで国家債務を軽減

安倍1強内閣になって、恐れるものがなくなったので、10%への消費増税(現 在8%)を実行するのかなと思っていたら逆でした。1強体制を維持したいという気持ちになり、断念しました。大衆迎合的な政治のもとでは、増税は禁句です からね。そこで日銀に2%インフレを目指して異次元緩和を継続させ、少しでも国家債務を減らそうという思惑でしょう。「インフレ税」は政権にとって、好都 合なのです。

日銀が保有している約400兆円の国債の価値も当然、減価します。国家が破 たんしない限り、中央銀行は破たんしませんから、日銀のことはどうにでもなると、政権は考えるのでしょうね。日銀は毎年80兆円、長期国債を買うことにし ており、現在、国債発行残高の4割が日銀保有です。その比率は今後も増え続けます。政府と日銀の政策合意がありますから、日銀は政府に文句はいいません。

もっとも物価下落のもとでは、おカネの価値があがりますから、「デフレ減 税」という現象がおきます。ただし、日銀の「総括的な検証」では、「デフレではなくなった」と強調していますから、「インフレ税」的な状態ががすでに発生 していることになります。もっとも経済の好循環の結果、物価上昇が起きているならば、企業収益も賃金も上がっていることを意味しますから、「インフレ税」 の負の側面だけを見ていてはいけません。

検証を逃げた重大テーマ

「総括的検証」と大きく構えるならば、日米欧の資金供給がもたらしているマ ネー市場の巨大化に伴う世界経済の脆弱性を検証すべきでした。さらに金融政策を方向転換したとき、どのような波乱が起き、その波乱をおさめるには、どの程 度までの資金供給が許されるのかを検証すべきでした。こうした視点から目を背けたのは、異次元緩和の実質的な目標が「インフレ税でしか、財政再建ができな い」にシフトしているからなのでしょうか。

いくら「インフレ税」であっても、財政赤字が長期化し、国債の新規発行が毎 年、3、40兆円に上るようでは、追いつきません。日銀が国債を毎年80兆円も買い込んでいるので、財政規律がいつまでたってもしまらない。こうしたこと も「総括的検証」は俎上の載せるべきでした。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。