オバマ大統領の称賛は有難迷惑だ!

長谷川 良

オバマ米大統領はニューヨークで開催された国連総会で欧州の難民問題に言及し、ドイツ、カナダ、オーストラリア、オランダと共にオーストリアの名前を挙げ、昨年シリア・イラクなど中東からの難民を積極的に受け入れてきたと称賛した。

▲国連総会で演説するクルツ外相=2016年9月19日、NYの国連総会で(オーストリア外務省の公式サイトから)

▲国連総会で演説するクルツ外相=2016年9月19日、NYの国連総会で(オーストリア外務省の公式サイトから)

世界大国の米国の大統領から称賛を受けるということはアルプスの小国オーストリアにとってめったにないことであり、本来は光栄だ。実際、同国日刊紙はさっそくNY電で大きく報道していた。

例えば、経済大国・日本も米大統領の評価はその時の政権に大きな影響を及ぼす。日本では昔、“ワシントン詣で”と呼ばれ、時の為政者は政権発足直後、米国を訪ね、米大統領と会見することが慣例となっていた。日米関係は今日、対等なパートナー関係だが、それでもワシントンの反応は今も時の政治を左右する影響を有している。

ところが今回のオバマ大統領の称賛はオーストリアの場合はそうではないのだ。ニューヨーク入りしていたオーストリアのクルツ外相は国内のラジオ・インタビューの中で、「わが国は昨年、多くの難民の収容を強いられたが、これは理想ではないし、今年は昨年のような事態の再現は回避しなければならない」と強調し、一方的な難民受け入れは考えられないという姿勢を主張し、オバマ大統領の称賛に対し、“有難迷惑”であることを示唆したのだ。

クルツ外相が心配する点は、難民歓迎政策を支持している国内の野党「緑の党」や与党社会民主党の一部がオバマ大統領の称賛を政治的に悪用して、社民党・国民党連立政権が主導している厳格な難民政策に支障が生じることだ。

オバマ大統領は、小国のオーストリアが、紛争地から逃れてきた難民を人道主義的な立場から受け入れているという視点から、「その難民政策は他国の模範となる」と述べたのだろうが、オーストリア国内の現状、難民・移民の増加に対する国民の反発などについての情報がよく伝わっていないのだろう。
オーストリアでは難民・移民に対する批判や不満の声は急速に拡大している。それを受け、「オーストリア・ファースト」を標榜する極右派政党「自由党」が選挙の度に得票率を拡大している。同国で実施中の大統領選では自由党候補者が当選する可能性すら予想されている。そのような政情下のオーストリアの難民政策を称賛することは政変を煽るようなものだ、という判断がクルツ外相にはあるわけだ。

クルツ外相は、「米国は中東からの難民受け入れを実施していない」と述べ、わが国の難民政策を称賛することより、米国の難民政策を考えるべきだといいたいのだろう。シリア、イラク、アフガニスタンからの難民殺到をもたらしたのは米国の軍事介入の結果ともいえるからだ。

欧州で難民歓迎政策を継続しているのはもはやローマ・カトリック教会総本山のバチカン市国だけだ。フランシスコ法王は、「紛争地から逃げてきた難民を受け入れるべきだ」という姿勢で一貫している。だから、フランシスコ法王はドイツのメルケル首相を称賛し、その歓迎政策を支援してきた経緯がある。そのメルケル首相も19日、自身が推進してきた難民ウエルカム政策の間違いを認め、修正を余儀なくされたばかりだ。

ちなみに、オーストリアは冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から逃れてきた政治難民(総数約200万人)を収容し、“難民収容所国家”という称号を与えられたほどだ。その国が今日、西欧諸国では最も厳格な難民政策を実施してきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。