日銀は9月21日の金融政策決定会合において、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」と名付けられた金融政策の新しい枠組みの導入を決めた。これは長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」と消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで資金供給拡大を継続する「オーバーシュート型コミットメント」が柱となる。
今回の枠組みの変更により、重要な数字がまるでなかったもののように消え去っている。ここに今回の日銀の枠組み修正の目的が浮かび上がる。
日銀が異次元緩和と呼ばれた量的・質的緩和政策を2013年4月に決定した際、「量的な金融緩和を推進する観点から、金融市場調節の操作目標を、無担保コールレート(オーバーナイト物)からマネタリーベースに変更」するとした。このときから日銀の金融政策の操作目標が「マネタリーベース」となっていた(もし試験に出たらマネタリーベース書かないと不正解)。ところがである。今回の日銀の枠組み変更には「マネタリーベースの目標値」がなくなっているのである。その代わりに今回からは「金融市場調節方針は、長短金利の操作についての方針を示すこととする」とあり、これから日銀の操作目標を問われる問題が出たら長短金利となろう。さらにマネタリーベースについては今回以下の指摘もあった。
「マネタリーベースの残高は、上記イールドカーブ・コントロールのもとで短期的には変動しうるが、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。この方針により、あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は100%(約500兆円)を超える見込みである(現在、日本は約80%、米国・ユーロエリアは約20%)」
日銀は今回の修正でマネタリーベースの目標数値を示して、そこまで増やしていくという政策を軌道修正した。マネタリーベースの拡大方針を継続するとしながら、短期的には変動しうるとし、絶対に増やすとは言っていない。さらにマネタリーベースの対名目GDP比率は100%を超えてしまうリスクまでわざわざ表記している。
いいやそんなことはない、今回日銀は、「フォワード・ルッキングな期待形成」を強めるため、オーバーシュート型コミットメントを採用しているのではないか、との反論もあろう。しかし物価目標を達成するまでマネタリーベースの拡大方針を継続すると約束するとしながら具体的な数字は外している。オーバーシュート型コミットメントは、2年で2%の物価目標達成ができなかったため、その具体的な期間を明記せずにするために行った修正との見方ができる。つまりマネタリーベースは減らさなければ良いとも言えるものである。決してオーバーシュート型などではないのではなかろうか。このマネタリーベースの拡大方針の継続とオーバーシュート型コミットメントの採用は前向きの姿勢を示す意味とともに、いわゆるリフレ派の政策委員を納得させるための手段でもあったようにも思われる。
今回日銀は長期国債の買入れについて、その買入れ額については概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約80兆円)をめどとしつつ、金利操作方針を実現するよう運営するとした。買入対象については引き続き幅広い銘柄とし、平均残存期間の定めは廃止するとしている。ここにも大きな重要な修正が隠されていた。
これが何を意味するのか。「平均残存期間の定めは廃止する」ことで買い入れる国債についてはかなりフレキシブルな対応が可能となる。2013年4月の異次元緩和では「長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長する」ことも大きなポイントとなっていた。以前の日銀が中短期債ばかり買い入れており、それでは効果がないとのリフレ派の主張を取り入れた政策であったが、そこから距離を置くことになる。
さらに国債の買入れ額については「概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約80兆円)をめどとしつつ」とした。マネタリーベースの増加目標が今回外されていることにより、国債買入れの額についてもあくまで「めど」としたことで、概ね裁量の余地が広がることになる。年限の縛りもなくしたことで、これにはあと2年程度とされる国債買入の限界時期を延ばそうとの意図があるのではなかろうか。
もうひとつの注目ポイントがマイナス金利政策の修正にある。今回日銀は今年1月に決定した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」から「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」とマイナス金利政策という表現を変えている。短期金利はマイナス0.1%という金利に置かれているため操作目標には残っている。しかし、この短期金利の操作というより、日銀はイールドカーブ・コントロールとの表現に変えているように、長期金利のゼロ%を意識したものと言えよう。追加緩和となれば、長短金利のどちらかか、もしくは両方の目標値を下げることも手段としては予想されるが、これはよほどのことがない限りは行わないはなかろうか。今回のマイナス金利をタイトルから外したのは、金融機関などによる批判を受けてのものとみて良いのではないか。その意味で今後のマイナス金利の深掘りの可能性は低下したとみている。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年9月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。