ヒューマニティの拡張、という一席 (前)

中村 伊知哉

SXSW@オースティンに参りましたら、JAPAN HOUSEという座敷がしつらえてございまして、マツコ・デラックスさんのアンドロイドを作っている大阪大学石黒教授らの前座で、「ヒューマニティの拡張」というお題で一席やれやというので、お応えしてきました。前後編に分けて。
ちゃかちゃんりんちゃんりんちゃんりんちゃんりんでんでん。
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ヒューマニティを技術がどのように拡張できるのか、精神や身体をどのように拡張できるのか。

ぼくは30年以上前、少年ナイフというバンドのディレクターをしながら、音楽表現を拡張することに挑んでみました。その頃から始まったデジタル化は、人の可能性を拡張しました。今から15年前にはMITメディアラボで、セガ・ドリームキャストやロボットペット・プーチの開発で、スマートデバイスやAIの開拓に挑んでみました。

当時もうウェアラブル、AI、ロボット、IoTという技術は展望されていました。それがようやく普及段階を迎えます。スマホやネットやソーシャルメディアが広げた精神と身体は、15年を経て、新しい段階に移ります。

その間、ぼくはスマートメディアがどのように人の精神、パッション、表現を広げられるのかに関して、日本で活動を続けてきました。日本という場は、ティーンエイジャーが中心となって、ITを使いこなし、世界一の情報発信拠点となっていますから。

初音ミクは3つの要素から構成されます。1つは技術。作詞・作曲すれば歌ってくれるボーカロイドというソフトウェア技術。もう一つが、表現。カワいいアニメ・キャラクターを作り、開放した文化です。

そしてもう一つが、これをソーシャルメディアでみんなが参加して育てたこと。絵を描いたり、歌ったり、演奏したり、踊ったり、自分ができることをみんなが投稿して育てました。日本が今描いている戦略は、この技術と、表現と、ネットでの参加、という3つの要素を使って、海外展開することです。

しかしポイントは、技術が次の段階に進んだということです。IoTでクルマの自動走行ができるようになります。自動車産業だけでなく、ビジネスも、ライフスタイルも変わります。ロボットとAIで仕事の半分が機械に置き換わるという話もあります。既に金融取引の7割はAIが行っているといいます。

もうsiriはぼくより物知りです。スマホのバーチャル秘書は、もうぼくより賢くなります。ならばスマホ同士で話してもらえば仕事は済みます。仕事が機械に奪われて怖いという人もいますが、ヒマになったらぼくは何をすればいいかを考えておかねば。機械に置き換わらないものは何でしょう。

その一つがスポーツです。自分で体を動かして、汗をかくから楽しい。ロボット同士が戦っているのを見てもあまり興奮しません。技術で新しいスポーツを作りましょう。
そこで、2020年に向けて、ぼくらは「超人スポーツ」というプロジェクトをスタートさせました。

ドイツ人のマルクス・レームさんは、義足の走り幅跳び選手。ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得しました。昨年10月、8m40cmの記録を打ち出しました。ロンドンオリンピックの金メダルは8m31cmだから、それを超えています。

リオではパラリンピックのほうがオリンピックより高い記録が出るかもしれません。義足や義手の技術が健常者を上回る時代が来ました。

オリンピアン、パラリンピアンはどちらも超人です。だけど、ぼくも超人になりたい。キミもそうでしょう。幼いころ、草むらで、ふんばって、手の先から「かめはめ波」を出そうとしたことがあるでしょう。それを技術で実現したいと思いませんか?

人類は技術で身体を拡張しようとしてきました。まず、手足を拡張しようとしました。杖、義足、浮き輪、船、自動車、飛行機、ロケットを作りました。遠く、速く、行けるようにしました。

視聴覚を拡張しようとしました。メガネ、補聴器、スピーカー、電話、テレビ、ネットを作りました。遠く、速く、コミュニケーションできるようにしました。

そのように人類は、外へ外へと身体を拡張しました。今度は、それらの技術を全て自分の身体に取り込んで、拡張した身体とは何なのかを問う番です。その一つの答えが「超人スポーツ」です。

超人スポーツは、ITやロボットなどの新しい技術を身体に取り込んで、人と機械が融合したスポーツ。水の上を走る、空中でサッカーする、といったことをやりたい。サッカーも、ラグビーも、野球も、19世紀の農業社会にできた。21世紀、情報社会のスポーツを作ろう。

誰でもスーパーな義手義足やスゴい車いすで超人になれる。機械を身につければ、子どもがウサイン・ボルトより速く走れる。道具も作りたい。ぼくでも魔球を投げられるボールを開発したい。何kmも先の的を射抜くアーチェリーの弓矢を作りたい。

スポーツの観戦方法も開発したい。マラソン選手一人ひとりの上にドローンを飛ばして、見たいランナーの映像を追いかけることができるといった具合に。

これを推進する組織として、「超人スポーツ協会」を1年前に設立しました。ぼくは共同代表の一人です。協会の活動は3つ。超人スポーツをplanして、playして、promoteすること。

協会の目標は、2020年の東京オリンピックに合わせ、超人五種競技の国際大会を開くこと。
競技人口も増やします。これまで、ぼくらの超人スポーツを体験してくれた人は1000人ぐらいですが、それを1万倍に、1000万人に増やしたい。

協会には、ロボティクス、スポーツ科学、ゲームなどの科学者が集まっています。アーティストやアスリートも参加し、企業も参加したコミュニティを作っています。

さまざまなバックグラウンドを持つ方々が集まり、「超人スポーツハッカソン」を開催して競技を開発しています。 (つづく)


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。