国際通貨基金(IMF)は日、最新版の世界経済見通し(WEO)を公表しました。タイトルに「IMFは抑制的な成長を予想、世界成長の停滞による保護主義台頭を警告(IMF Sees Subdued Global Growth, Warns Economic Stagnation Could Fuel Protectionist Calls)」を掲げています。今回、2016年の世界成長見通しを3.1%増、2017年も従来の3.5%増で維持。ただ、前回に続き先進国全体では下方修正されました。エマージング国全体は2016年を上方修正し、IMFでも「6年ぶりに加速する見通し」と指摘。2017年は据え置いており、中国の経済再編を市場がどう捉えるかが課題とも付け加えました。
IMFは、リスクに対し以下を挙げています。
1)政治的不和、内向き政策(political discord and inward-looking policies.)
2)先進国での経済停滞(stagnation in advanced economies)
3)中国の構造改革(内需主導型経済への移行にかかる調整)
4)エマージング国での財政問題(financial conditions in emerging markets)
5)アフリカ南部、中東での紛争問題(A range of additional noneconomic factors)
6)南米、カリブ海、米国、東南アジアでのジカ熱問題(Zika virus)
前回はトップにBREXIT、2番目にイタリアとポルトガルの銀行問題を挙げていましたが、今回BREXITは保護主義の台頭にあたる1)に含められました。
リスク要因の1)に関し、内向き政策つまり保護主義の台頭を引き起こす要因として米大統領選を明記していた点は注目。BREXITと並べ「米大統領選キャンペーンは国境を越えた経済統合の綻びを強調している」とし、国民の反感を煽っているとの認識を示唆しています。さらに、米国の大統領選キャンペーンとBREXITは「政治的な反発を刺激する」、「労働移動(地位、階層、産業を超えた移動)をはじめ移住、世界貿易の統合、国境間の規制に関する問題を前面に押し出した」と指摘。共和党のトランプ候補を批判しているかのようです。
IMFは、アンチ・トランプ?
(出所:Gage Skidmore/Flickr)
国・地域別でみると、米国は2016年につき前回7月の2.2%増から1.6%増へ、2017年も従来の2.5%増から2.2%増へ下方修正しました。原油先物の低迷を背景としたエネルギー企業、並びにドル高の打撃が加わった輸出企業で設備投資が減速したと説明。また在庫投資の縮小、生産性が低下し成長率を押し下げたといいます。ただ、米連邦公開市場委員会(FOMC)の追加利上げは「数ヵ月以内(in coming months)」に実施しうると指摘。利上げペース自体は「賃金と物価が持続的に安定する明確な兆候に合わせ、ゆるやかとなる」と見込んでいました。
ユーロ圏は2016年につき従来の1.6%増から1.7%増へ、2017年も従来の1.4%増から1.5%増へ上方修正しました。平年を上回る気候で建設活動が予想以上の力強かった一方で、投資は鈍化しました。欧州中央銀行(ECB)をめぐっては、「現状の適切な緩和措置を維持するだろう」と予想。物価が上昇しなければ「資産買入策の拡大が必要になる」との見通しを示します。BREXITの影響は現下では限定的、と評価しました。
英国は2016年につき従来の1.7%増から1.8%増へ引き上げた半面、2017年は従来の1.3%増から1.2%増へ下方修正しました。前回に続き、BREXITの影響を挙げています。
日本は2016年につき従来の0.3%増から0.5%増へ引き上げ、4月時点の見通しへ戻しました。2017年も従来の0.1%増から0.6%増へ上方修正。短期的には、8月に閣議決定した28.1兆円の経済対策により成長が刺激される見通しだといいます。
中国は2016年を6.6%増、2017年も6.2%増で据え置きました。25年ぶり低水準だった2015年の成長率6.9%から一段の減速を予想します。輸出・投資主導型成長モデルから消費・内需主導型へシフトする過程でのリスクにも引き続き注意を払いつつ、5回にわたる利下げ財政拡大策が経済を支援しているとの表現を据え置き。海外からの影響が限定的である点も、あらためて指摘しています。
世界貿易動向では、2016年につき従来の2.7%増から2.3%増へ、2017年も3.9%増から3.8%増へ下方修正しました。2015年が2.6%増とあって2016年は鈍化、2017年に改善を見込んでいます。先進国で2016年につき2.4%増(前回は2.7%増)、2017年は3.9%増(前回も3.9%増)、エマージング国では2016年が2.3%増(前回は2.6%増)、2017年は4.1%増(前回は3.9%増)でした。
WEOのまとめ役であるモーリス・オブストフェル主席エコノミストは、結果を受けて「世界経済は横ばい状態に入った」と振り返ります。先進国の見通しを引き下げ、エマージング国の見通しを引き上げつつ、BREXITをはじめ一部での保護主義台頭を意識し「貿易統合の拡大見通しを守ることが重要」と指摘。時間を巻き戻すような内向きの政策へ舵を切れば「足元の経済低迷を深め、長期化させる」との懸念を表明しました。さらに、経済成長の促進に向け、金融政策以外に財政政策の必要性を唱えることも忘れません。
以下は、各国・地域の成長見通しで()内の数字は前回7月分あるいはその後の改定値となります。
2016年成長見通し
世界経済→3.1%(3.1%)
先進国→1.6%(1.8%)
米国→1.6%(2.2%)
ユーロ圏→1.7%(1.6%)
独→1.7%(1.6%)
仏→1.3%(1.5%)
伊→0.8%(0.9%)
西→3.1%(2.6%)
日本→0.5%(0.3%)
英国→1.8%(1.7%)
カナダ→1.2%(1.4%)
新興国→4.2%(4.1%)
中国→6.6%(6.6%)
インド→7.6%(7.4%
ASEAN5ヵ国→4.8%(4.8%)
ブラジル→マイナス3.3%(マイナス3.3%)
メキシコ→2.1%(2.5%)
ロシア→マイナス0.8%(マイナス1.2%)
2017年成長率
世界経済→3.4%(3.4%)
先進国→1.8%(1.8%)
米国→2.2%(2.5%)
ユーロ圏→1.5%(1.4%)
独→1.4%(1.2%)
仏→1.3%(1.2%)
伊→0.9%(1.0%)
西→2.2%(2.1%)
日本→0.6%(0.1%)
英国→1.1%(1.3%)
カナダ→1.9%(2.1%)
新興国→4.6%(4.6%)
中国→6.2%(6.2%)
インド→7.6%(7.4%)
ASEAN5ヵ国→5.1%(5.1%)
ブラジル→0.5%(0.5%)
メキシコ→2.3%(2.6%)
ロシア→1.1%(1.0%)
2015年成長率
世界経済→3.2%(3.1%)
先進国→2.1%(1.9%)
米国→2.6%(2.4%)
ユーロ圏→2.0%(1.7%)
独→1.5%(1.5%)
仏→1.3%(1.3%)
伊→0.8%(0.8%)
西→3.2%(3.2%)
日本→0.5%(0.5%)
英国→2.2%(2.2%)
カナダ→1.1%(1.1%)
新興国→4.0%(4.0%)
中国→6.9%(6.9%)
インド→7.6%(7.6%)
ASEAN5ヵ国→4.8%(4.8%)
ブラジル→マイナス3.8%(マイナス3.8%)
メキシコ→2.5%(2.5%)
ロシア→マイナス3.7%(マイナス3.7%)
(カバー写真:International Monetary Fund/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年10月5日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。