北外交官が突然英語を忘れた!

長谷川 良

駐ロンドンの北朝鮮テ・ヨンホ公使夫妻とその家族が今夏、韓国に脱北したというニュースは大きな衝撃を投じた。テ・ヨンホ公使は脱北者としては過去最高地位の外交官だ。平壌も衝撃を受けたことは間違いないだろう。

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▲昨年12月開催の国連工業開発機関(UNIDO)総会に出席した北朝鮮使節団(中央が金光燮大使)

日韓メディアの中ではテ・ヨンホ公使は金正恩氏の海外資金の動向を知っているだろう、という憶測情報が流れているが、当方は駐英公使だった同氏は知らないとみている。公使は大使に次いでナンバー2だが、海外駐在の大使・公使レベルでは金ファミリーの海外資金については知らないはずだ。40億ドル以上といわれる海外資金を管理、運営しているのは特定の人物であり、担当者は多分、公使でも大使でもなく、金ファミリー関係者だからだ。

最近、駐オーストリアの金光燮大使(Kim Gwang Sop)と偶然会った。夏季休暇から帰任した金大使とは初めて会ったことになる。通常は9月末か10月初めに帰任する大使が今年は8月下旬にウィーンに戻ってきたことから、何か特別な指令を平壌から受け取ったと推測している。ひょっとしたら、駐英北公使の脱北と関連するかもしれない。欧州駐在の北外交官の脱北を阻止しなければならないから、各国大使は休暇を楽しんでおられないはずだ。金正恩党委員長の締め付けも厳しくなっている。

金大使は公務の時は黒色の大使専属ベンツを使う。そして運転手がつく。私用の時はもう一台の白ベンツに乗り、自分で運転するケースが多い。公務用ベンツの運転手は通常、李キルスン3等書記官だ。彼はウィーンに2004年に赴任しているから、ウィーン駐在は23年目となる金大使に次いで最長駐在北外交官だ。同書記官は金大使の動向を一番知っているはずだ。

金大使がオーストリア内務省で会談している間、李書記官はベンツの中で待機している。当方は金大使が戻ってくる間、李書記官に話しかけた。先ず独語で話しかけたら、「分からないよ」といったジェスチャーをする。そこで英語で話すとこれまた首を振る。当方は駐在歴10年以上の李書記官が独語を話すことを知っていたが、突然、独語を忘れてしまったのだ。英語も通じない。同書記官は大使専属運転手だから仕方がないのかもしれないが、北外交官の中には英語で話しかけても返答しない者が増えてきた。ジャーナリストの当方と英語で話しているところを同僚外交官に目撃されたら「まずい」というわけだ。だから、突然、独語も英語を忘れてしまう北外交官が多いのだ。

当方は「金正恩氏は北の外交を殺した」(2015年12月2日参考)というコラムを書いたが、ジャーナリストや他の現地人と自由な会話ができなくて、どうして外交ができるだろうか。金正恩氏が号令をかけ、檄を飛ばしても効果がないのだ。

もちろん、金大使は独語も英語も話せるし、当方が話しかければ急に発話障害となることはないが、それでも大使の口は重くなる。独裁者は国民の口を奪い、外交官を無口にする。海外で北の国益を守るべき外交官の口が動かなくなれば、北は益々国際社会から孤立してしまうだけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。