この夏、甲子園で作新学院を54年ぶりの全国優勝に導いた小針崇宏監督へのインタビュー、その後篇です。
33歳の若さで甲子園優勝を果たした小針監督は、実は私が作新学院に着任して初めて送り出した卒業生でもあります。小針監督自身、高校2年生の時に春の選抜で甲子園に出場。当時から、野球と学業双方での有能ぶりはつとに有名でした。
筑波大学に進学した彼が母校に戻って教諭となり、硬式野球部の監督に就任した時の感慨は今も忘れることはありません。
教育に携わる者すべてにとって、教え子が幸せな人生を送っているのがまず嬉しく、活躍してくれたらなお嬉しく、母校に戻り同じ志をもって教育に取り組んでくれたら、それは何より嬉しいことです。
ですから、母校に戻ってきてくれた教え子が甲子園優勝監督になってくれたという喜びは、言葉には表しがたいものがあります。
教諭となり監督となってからも、どうしても教え子という思いが先に立ち、これまで小針監督には誰よりも厳しく口うるさく接してきたと思います。
若くして世の中から評価されると、本気で叱ってくれる人がいなくなってしまう―その不幸を自分自身が人生で味わってきただけに、どんなに本人から嫌われても、私だけは小針監督にダメ出しをし続けられる存在でいようと肝に銘じてきました。
小針監督のお蔭でこれまで、いっぱい喜び、いっぱい怒り、くやし涙からうれし涙までいっぱい涙を流し、私の学院での人生はとても豊かなものとなりました。
今回はじめてゆっくりと小針監督と話す機会を得て、監督の目指す野球と作新の目指す教育、それぞれの理想像が描くベクトルはまったく同じであることを実感しました。
もちろん、全国優勝を成し遂げる上で一番のエンジンとなった抜群の「チーム力」を、小針監督がどのように作り上げているのか、その緻密な信頼構築術とその実現に向けた不断の努力、尽きせぬ情熱も必読です。
作新野球とは即ち、作新の「人間力」教育そのものであることを、このインタビューからご理解いただけると幸いです。
徹底した「信頼」の構築が 抜群のチーム力を生む
畑 選手たちの誰に聞いても、小針監督の練習風景はとにかく〝熱い″と言われますが。
小針 そうですね。「作新は負けない、絶対に勝つんだ」ということをグラウンドで表現していくと、自然と熱くなっていきます。選手もそれを感じて、動く。毎日が監督と選手の勝負です。
日頃から「負けない」という意識があれば試合でも「負けない」。そういう意識を持たせるのが日々の練習だと思うので、作新のグラウンドには自然とそういった雰囲気が生まれるのかもしれません。
畑 一挙手一投足、野球に関わらないことでもかなり厳しく、細かく指導されますよね。
小針 アマチュア野球なので、生活態度の細かいところまで野球に出てしまうと思っています。ほんの少しのところで勝ったり負けたりしますからね。普段から、細かい部分の積み重ねを意識していこうと話しています。
畑 日々の練習や寮生活では、選手たちのどういう所を見ているのでしょう。
小針 選手の中で誰が朝一番早く来て、最後に来るのは誰なのかとか、夜遅くまでバットを振っているのは誰か。またご飯を食べながらいっぱい食べているか、好き嫌いはあるのかなどをよく観察して野球指導につなげています。
畑 これも野球に限らず教育の基本だと思いますが、子どもたち一人ひとりをよく見てあげること、そして「いつも見てるよ」ということを子どもたちに伝えることが大事ですね。
小針 監督が選手のことをわかっていると選手に安心感が生まれるのではないかと思います。自分のことを理解してくれていると思えるわけです。そう思ってくれるとどんなに厳しいことを言っても、「これは自分のために言ってくれていることなんだな」と受け止めてくれます。
そうした下準備をして、ダメなところはダメ、よいところはよいと言い、褒めたり叱ったりをなるべくわかりやすくメリハリをつけて伝えるようにしています。
畑 子どもたちと真っ向勝負で向かい合うことで、互いを深く理解しあい、目標に向かってつき進めたわけですね。
小針 はい。5年前の2011年、初めてベスト4になったとき、「やっぱり決勝戦に行きたかった、決勝戦の雰囲気を味わってみたい」と心から思いましたので、それから毎年「決勝戦まで連れて行ってくれよ」と生徒たちに言ってきました。それを叶えてもらい、しかも優勝できたわけですから、本当に有り難いことでした。
畑 高校野球で最も心を動かされるのは“チームの絆”だと思います。今回、負傷した藤沼選手が甲子園でベンチ入りして話題になりましたが、メンバーを選出するのはとても難しいことですよね。チーム全体の団結を監督はどのようにして作り上げているのでしょうか。
小針 それが自分の一番の役割だと思っています。夏の県大会には20名という枠があります。毎年3年生全員と話をします。特に20名に選ばれなかった選手とはじっくり話をしました。
甲子園でのベンチ枠は更に2人減らして18名にしなければなりませんので、その時にも話をしました。選ばれたメンバー18人は全員の前で一言ずつ話をさせます。こうした全員で臨んでいこうという雰囲気をつくるための工夫は毎年やっています。
畑 3年生全員と話をする際は、1人ずつ呼び出して1対1で話すのですか。
小針 そうです。後々につながることで、応援に熱が入るか入らないかに影響しますから。また、メンバーだけだと練習ができません。バッティングピッチャーなど色々な面でサポートしてくれる3年生はチームにとって心強い存在です。自分の役割をそれぞれが果たしてくれる。そこが作新の力だと思います。
畑 たとえ自分が選ばれなくても「監督はちゃんと自分を見てくれていた。その結果としての決定なら、それはチームの勝利にとってはベストだったんだ」と納得できているのでしょうね。
小針 自分が出るよりあいつが出た方がチームの勝利につながりやすいと考える。全員で練習をしながらチームの勝利を優先することをわかってもらえれば、良いチームになっていくと思います。同時に、どこかで勝負をさせる機会も作ります。そこはチームにとっては大事なことですので。
畑 すべての選手にアピールするチャンスを与えるということですね。考えてみれば、“生きる”ということはすべて“闘い”ですからね。でもだからと言ってすべてを敵に回して反目していたら、この世はバラバラになってしまう。日々ライバルとして闘いながら、仲間として強い絆で結ばれ、同じ目標達成のため協調していく。野球とは、社会や人生の縮図ですね。
小針 それが野球の一番の魅力であり、深さだと思います。普段の練習や練習試合から、少ないチャンスかもしれませんが、それぞれが考え、互いに感じながらやっているようです。
畑 甲子園の閉会式をアルプススタンドで経験すると、優勝と準優勝は天と地ほども違い、だからこそ勝った者の責任は実に重いことを痛感しました。
チームの中でも、メンバーに選ばれれば選出された者としての責任があり、選ばれなかった者に対する感謝や思いやりが何より大切ですね。
小針 野球選手の前にそういった人でなければなりませんし、そういう心がなくてはならないと思います。
社会に出た後の人生を見据え 「人間力」を育てる
畑 監督としてちょうど10年目で優勝という一つの節目でした。これからどのようなチームを作ろうとお考えですか。
小針 新しいチャレンジをする、新しい目標に向かうという気持ちが強いのですが、そのためには、もう一度基本に戻ることから始めたいと思います。自分自身も含めもう一度原点に、基本に立ち返らないと新しい山には登れないという感じはします。
畑 小針監督の野球はいつも基本に忠実ですから、どうしてもう一度原点に戻らなければならないのかよくわかりませんが。
小針 ここまでの10年間はずっといい意味で挑戦者としての勢いで戦ってきた感が強いので、もうちょっとしっかりしたチームづくりをしたいと考えています。
野球の技術ももちろんそうですが、人間的な成長ができるように基本づくりをしていかないと、大学やその上のレベルの高いところに行ったときに通用しないという感じがします。そういう選手を数多く出していきたいということも一つにはあります。高校野球にとどまらず、という感じです。
畑 野球に限らず私たち作新の教職員全員が同じことを考えていると思います。卒業や大学合格がゴールではなく、作新で育った子どもたちが世の中に出た後、どれだけ有為な人材として活躍し豊かな人生を送ってくれるかということを、いつも一番に考えますから。やっぱり野球も変わらないのですね。
小針 はい。選手としてしっかり戦える者は社会に出ても立派に活躍できる人物になれる。戦いながら成長していくのは社会人も同じだと思っています。
私自身、先ほどもお話ししましたが、作新学院に育てていただきました。作新学院の教育によって今の自分があると思っています。作新でなければこうはなれなかったと。
畑 そう言っていただけると、本当にうれしいです。
小針 育てていただいた教えを軸に据えながら、今度は自分が教育者として“作新魂”を選手たちに注入していきたい。それが恩返しになると考えています。
畑 小針監督は野球を通して、主体性と協調性を備えた選手を育成してくれています。「主体性」と「協調性」、ともすると対立しがちなこの二つを兼ね備えることが「人間力」の基本であり、作新学院の教育の要でもあると思います。
小針 さまざまな分野で活躍されているOBOGの皆さんのように社会に出たとき、「作新学院の卒業生は本気の度合いが違う」と言ってもらえるような生徒を育てていきたいです。
まずは、新チーム全員で大優勝旗を甲子園に帰すことができるよう、さらに精進し、選手とともに成長していきたいと思います。
畑 更なる高みを目指す姿を見守っています。
今回の優勝は「作新学院」の優勝ではなく、地元の方々全員の、それも今ご健在の方ばかりでなく、学院の歴史をつながせて下さったすべての方々の“優勝”だったと実感しています。感謝をカタチにしてまたいつか皆さんにお返しできるよう、学院あげて日々新たに精進して行きたいと思います。
編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2016年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。