懐かしい名が消えていく。ハンガリー最大の左派系日刊紙「ネープサバチャーグ」(Nepszabadsag“人民の自由)が8日、発行を停止した。1956年に発行された同紙は同国旧ハンガリー社会労働党(共産党)政権時代の機関紙で、冷戦時代、当方も同紙の報道内容を度々引用したものだ。その日刊紙が経済的理由から発行を停止したというのだ。同紙は今年、創設60年目を迎えていた。
印刷済みの8日付は計画通り、発送されたが、同紙のオンライン版は8日、何の説明もなくネットから消えた。その数時間後、同紙オーナー、「メディアワークス」(Mediaworks AG)は「印刷、オンラインの両方を8日を期して新しいコンセプトができるまで停止する」という公示を流した。「メディアワークス」はオーストリア人投資家ハインリッチ・ぺチナ氏が率いるグループに所属する。2014年以来、同紙のオーナーだ。
日刊紙の廃刊はもはや珍しくない。大手日刊紙もインターネット時代に入り、プリント発行を停止し、電子版だけを発行するメディアが増えてきた。米紙ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど有名紙もオンライン版で生き延びの道を模索している。その意味から、「ネープサバチャーグ」の発行中止は時代の流れからみて避けられなかったと受け取れる。
冷戦時代は同紙は社会労働党機関紙で、その部数は1987年、69万5000部、民主化後の1996年は28万部、そして2008年には約13万部に激減していった。ちなみに、ハンガリー最大部数は外資系のタブロイド判大衆紙「ブリック」だ。
ところで、ハンガリーは中道右派オルバン政権が権力を掌握して以来、厳格なメディア規制が敷かれている。野党最大紙の発行停止の理由について、単なる発行部数の減少だけではないはずだ、といった憶測が流れているのだ。
「ネープサバチャーグ」紙が日ごろオルバン政権を激しく批判してきたメディアの代表で、オルバン政権の側近の汚職報道を掲載したばかりだ。だから、その批判紙の口をふさぐという狙いがあった、という憶測である。ただし、「メディアワークス」は「発行停止は純粋に経済的理由」とし、オルバン政権からの政治圧力はなかったと説明している。
オーストリア国営放送のサイドでは「政治的動機に基づいたクーデター」「言論の自由への攻撃だ」といった現地の声を紹介していたほどだ。それに対し、オルバン政権は「企業オーナーの自主的決定だ」として、政府からの圧力説を一蹴している。
発行停止された8日、同紙本社前に人々が集まり、報道の自由などを訴えるデモ集会が開催された。同日夜には国民議会前で「ネープサバチャーグ」の停止に抗議するデモが開かれている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。