反骨の映画監督アンジェイ・ワイダ、死去

渡 まち子

2016年10月9日、ポーランドの名匠、アンジェイ・ワイダ監督が死去しました。

監督デビュー作「世代」、「地下水道」(カンヌ国際映画祭・審査員特別賞)、代表作「灰とダイヤモンド」(ヴェネツィア国際映画祭・国際映画批評家連盟賞)からなる1950年代の作品群の“抵抗3部作”で知られています。

ポーランドの歴史をリアルに描く映画芸術のムーブメントである“ポーランド派”の代表的な監督ですが、1980年代に発表した「大理石の男」「鉄の男」(カンヌ国際映画祭・パルム・ドール受賞)などで連帯運動を描いたことから、反体制的とみなされてポーランド映画人協会長などの職を追われることになります。それでも映画作りへの情熱は消えることはありませんでした。まさに反骨の映画人です。

2000年には、歴史的観点から映画を通して民主主義や自由を訴えた業績により、第72回アカデミー賞で名誉賞を受賞。晩年まで創作意欲は衰えず、父親が犠牲になった、ソ連軍によるポーランド軍将校の虐殺事件を描いた「カティンの森」など、力作を作っています。2013年、ポーランドの民主化への歩みを描いた「ワレサ 連帯の男」が遺作となりました。

不思議な響きのポーランドの言葉の新鮮さとともに、西ヨーロッパの国の映画や、無論、ハリウッドとはまったく異なるテイストのポーランド映画を見て、随分衝撃を受けたのを覚えています。

代表作はたくさんありますが、やはり「灰とダイヤモンド」(1958)は、はずせないところでしょう。ドイツ降服直後の1945年のポーランドを背景に、抵抗組織に属した青年が労働党書記を暗殺しようとすることで起こる悲劇の1日を描く物語です。ゴミ捨て場で虫けらのように息絶えるラストの虚しさとポエティックな美しさの両面で、歴史に翻弄されるポーランドそのものを描いて衝撃的でした。余談ですが、この映画で主人公を演じた俳優の名前はズビグニエフ・チブルスキ。今でこそ、この名前はすんなり言えますが、初めて聞いたときは、舌を噛みそうで、覚えるのに苦労したものです(苦笑)。難しい名前が多いポーランド映画界で、アンジェイ・ワイダという名前は比較的覚えやすかったというのも、彼の名前が日本で認知された理由かもしれません。

ワイダ監督作としては、あまり有名ではないかもしれませんが、「聖週間」(1995)も忘れがたい作品でした。ナチスドイツに迫害されたイメージが先行するポーランドですが、そのポーランド人にもユダヤ人を迫害した罪があるというスタンスの、歴史の暗黒面を描いた勇気ある映画です。奇しくも原作は、「灰とダイヤモンド」と同じイェジー・アンジェイフスキの中編小説です。

日本美術に強い影響を受けたとして、ポーランドの古都クラクフに日本美術・技術センターを建設するなど、たいへんな親日家だったアンジェイ・ワイダ監督は、東日本大震災の際に、被災者と日本を励ます、力強くも心優しいメッセージを送ってくれたことを、付け加えておきます。

享年90歳。ご冥福をお祈りします。合掌。


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年10月11日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像はWkipediaより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。