写真・藤井正隆氏。
電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が過労により自殺に追い込まれたことの報道を受け、その過酷な勤務状況が明るみになっている。
これには、まず電通の元社長である吉田秀雄によって1951年につくられた電通社員、通称「電通マン」の行動規範「鬼十則」を知らばければいけないだろう。
戦後、経済復興の時代に出された鬼十則は、世の中の共感を受け、広く伝わることになった。もちろん、働く姿勢を示した行動規範として重要なことも含まれている。しかし、経営を展開するなかで守られなければならないことが置き去りにされている。
「人を大切にする経営学会」理事、「株式会社イマージョン」社長であり、『「いい会社」のつくり方』(WAVE出版)の著者である、藤井正隆(以下、藤井)氏は、経営のプロフェッショナルとして様々な活動をしている。今回は、「いい会社とはなにか」という論点について、企業の実態とアカデミックの両面から聞いた。
■有名企業、大きな会社が「いい会社」ではない
――まず、藤井は、企業の実態を正しく理解するためには、戦後から現在に至るまでの会社の変遷を整理すべきだとしている。
「戦後、1990年初頭のバブル崩壊以前までは、大きな会社、有名な会社がいい会社と言われ、電通、東芝といった企業に入ると、『いい会社に入ったわね!』と周りから言われたものです。バブル崩壊以降は、デフレ経済の進行に伴って、整理解雇を行ういわゆるリストラが急速に増加しました。」(藤井)
「私たちは、大企業に入っても将来が保証されないことを学習します。大企業は、株主の圧力があればリストラに踏み切らざるを得ません。『大きな会社は安定したいい会社である』という構図が崩れたのです。」(同)
――成長が見込めない経済状況下では、企業は、人件費を抑えるために、正社員から非正社員化への移転がおこなわれた。2000年代は、非正社員の若者は、「フリーター」と俗称され、真面目に働こうとせず、安易な労働に従事していると言われた。
働く意欲が低い代表格として「ニート」といった言葉も生まれた。しかし、彼らは、働きたくても正社員の採用を絞っていたために働けないといった状況であったことも事実だろう。「勝ち組、負け組」といった言葉も聞かれるようになり、収入が多い正社員を「勝ち組」とし、先が見えず収入が少ない非正社員は「負け組」と称されるようになった。
「ホワイト企業を『いい会社』と定義するのは少々拙速です。2014年東洋経済ホワイト企業ランキングで第1位に輝いたのは東芝ですが、翌年、不正会計が発覚しています。いずれにしても、基本的には、大きな会社、成長している会社、売上利益が高い会社が、多くの人に、いい会社と信じられてきたことは間違いありません。」(藤井)
「リーマンショックがあり、ブラック企業に話題になった2008年に、経営書として65万部をほこるベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)が出版されます。坂本光司(法政大学院教授)の著書ですが、『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』(経済産業大臣賞、厚生労働大臣賞)など、人を大切にする経営を行い、社会性と経済性が高い会社・組織を表彰する契機になりました。」(同)
■経営者は社員と家族を幸せにすべきだ
――また、藤井は坂本(法政大学院教授)らが主張する「いい会社」は“5者を幸せにする”といった主張に至った背景について詳しく説明している。「企業経営とは、会社に関わりのあるすべての人びとを永遠に幸せにするための活動である」と定義したうえで、「誰の幸せを追求すべきか」という命題を掲げて優先順位をつけている。以下が、その順位となる。
1位.社員とその家族
2位.社外社員(取引先)とその家族
3位.現在顧客と未来顧客
4位.地域社会(とくに社会的弱者~障がい者、高齢者など)
5位.株主
従来の研究とは異なる点として、上記5者のなかでも「社員とその家族」を“第1位”に置いたところが興味深い。一方、「会社は誰のものか」という論調であれば、ほぼ1位だった株主は“5位”に後退している。
「坂本教授は、学生時代には、『業績、株主、そして顧客第一』と教わってきたそうです。しかし、全国の経営の現場を見て回ったところ、実情は違うと感じて疑問を持つようになります。業績向上や成果を追い求めたあげくに倒産した会社が山ほどあったからです。一方で、順調に業績を伸ばしているのは、『社員第一を貫いて繁栄している会社』であることに気がついたのです。」(藤井)
――結果的に社員の幸せを念じて、人を幸せにしようとする会社が立ちいかなくなった例が見当たらなかったそうだ。さらに、社員を大事にする会社が生き残るのは、自然の摂理だと主張している。自らが所属する会社に不平不満や不信感を持っている社員が、会社のために一生懸命になるとは考えられないからである。
「ホワイト企業で上位ランクにある企業の中で、取引先に厳し過ぎる会社は、『いい会社』ではありません。自社が、ホワイトで福利厚生を充実させているしわ寄せが、取引先に波及する可能性が高いからです。今回の電通問題は、売上利益を追求することが目的化している企業経営に在り方に、警鐘を鳴らしているように思います。」(藤井)
――電通に限らず、今だ、売上利益を最優先に、社員を犠牲にしている会社の経営者は、何度も繰り返して自問すべきだ。藤井は次の2点を問題提起として掲げる。
1)売上や利益は、本当に企業の目的か?
2)本来、企業の目的とは、関わる人の永遠の幸せを追求することではないのか?
■企業の利益は犠牲の上には成り立たない
売上や利益が出たとしても、それが、誰かの犠牲の上であるならば、どう考えてもおかしいと藤井は主張する。また、本稿で紹介した藤井の書籍には、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」に選ばれるような「いい会社」の卓越した取り組みと、理論的な裏付けが詳しく書かれている。
本物の「いい会社」を増やし、今回の電通新入社員の自殺といったことを発生させたいために、どうすればいいかを知りたい人には参考になるだろう。経営者、経営企画部門や人事部門に所属する人はもちろん、多くのビジネスパーソンに手にとってもらいたい。
尾藤克之
コラムニスト
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