価格支持と直接支払い-驚異的な米価安値 --- 本田 進一郎

農業政策は、一般の人にはわかりにくく、価格支持とか直接支払いなど基本的なことでも、なんのことだか理解不能と思う。直接支払いは、直接に農家に助成金を支給する制度というくらいにしか思われないだろうが、本質はそういうことではない。

農作物は、気象変動などによって、豊作と凶作が交互にやってくる。また、農家は価格をみながら、有利な作目へと作付け量を変動させる。さらに、農産物は競争市場であるため、農家の所得は「限界」まで減少し、生産性の低い農家は次第に淘汰される。これらの理由で、食料の供給量と価格はきわめて変動しやすい。食料は人間の生存に不可欠なので、食料不足は社会不安に直結する。

古代より、食料の安定供給は、為政者にとって最重要の課題であった。食料の供給量と価格は、バネが弾むように振動するので、これを人為的にコントロールする必要がある。豊作の年は価格が暴落して農家は営農困難に陥るので、政府が高く買い取り、巨大な倉庫を建てて備蓄しておく(価格支持)。弥生時代には、高床式倉庫がもっとも重要な建造物であったし、中世の巨大なお城には米が備蓄されていた。凶作の年には価格が暴騰するので、備蓄食料を供給して価格上昇を抑え、消費者の生活を守る。為政者がこのコントロールに失敗すると、飢餓、暴動など社会動乱がおきる。

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国家の財政基盤が強固なときは、十分な財政支出が可能なので、食料の買い入れ価格を高くできる。高い買い入れ価格は、すべての農家の経営を安定させるが、農産物は生産過剰になり財政赤字が膨らむ。国家の財政基盤が弱くなると、価格支持政策は次第に重荷になってくる。

直接支払いというのは、この価格支持をやめることである。価格支持をやめると、農産物価格が下落して、農家の経営が悪化するが、このとき若年農家や法人農家にだけ、一律に助成金を直接支払う。高齢の零細農家には廃業してもらい(年金を払う)、その分の農地が流動化する。若年農家や法人農家は規模拡大できるようになるので、機械化によって労働生産性が高くなる。すなわち、直接支払いは、歴史的に固定化した農地の所有権(耕作権)や社会的権益を流動化させ、再編成するねらいがある。

政府は、直接支払いによって農家の経営をコントロールしやすくなる。支払い額を徐々に減らして経営体同士を激しく競争させ、さらに生産性向上を促す。生産性の低い経営体は淘汰されて、生産性がより高い経営体だけが残る。生産性が高い経営体ばかりになるので、財政支出の総額を少なくしていくことができる。零細農家はいなくなるわけではなく、直売など主要流通外の多様な販売形態(ニッチ)で生き残る。

直接支払いは、財政赤字と生産過剰(買い取り価格が高いため)に苦しむEUで、1985年に提案された(マクシャリー提案、レイ・マクシャリーはアイルランドの政治家、欧州委員)。EUでは1992年から導入が始まり、穀物価格は30%下落した。何度か修正を加えながら現在に至っている。アメリカでも、1996年から直接支払いが始まったが、財政が悪化したため2014年に廃止され、価格不足補償、農業リスク補償、農業保険(収入保険)に移行した。

日本では、国は公式にアナウンスしていないが、実質的には直接支払いに移行している。与党の選挙対策のため、官僚たちがわざとわかりにくくしている。日本はEUに比べると、農業者年金が小額なので、高齢者の不満が高まる。フランスでは国民年金より高額の農業者の退職年金(国庫支出)を新設して、耕作権を放棄させた。

じっさいには、米価は、ここ20年で40%も下落し、規模拡大と機械化が進められた。H26年の国産米の価格は、アメリカの短粒米と同じ水準にまで下がっており、驚異的な安値である(文献参照)。

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1995年の食管廃止のあと、米価は13000円(60kg)くらいで下げ止まるだろうといわれていた。米の価格がここまで下落し、それでも営農を継続することが可能とは、誰も予測していなかったのではないだろうか。農家をはじめ、農機メーカー、メンテナンス、関連業界など、日本人はほんとうに働き者でびっくりだ。小麦や大豆では、政府買い入れも残っているが、全体からみればたいした量ではない。日本の農政は、1985年以降のEU農政を手本しており、今後もEUの実験を眺めながら推移していくであろう。

追記
いつも、農水のお役人はマスコミにいじめられるので、気の毒に思って、良く書きすぎた。お役人が直接支払いを明確にしないのは、ほんとうは自分たちのためでもある。農家に現金を渡さないで、事業化して最新の機械や設備を供与する。事業化すると、自分たちの仕事が確保できるし、メーカーは販売計画が立てられるので、安心して開発や設備投資ができる。その見返りに天下りなどの便宜を図る。日本の資本主義は、官の主導で始まったので、明治の太政官政治以来、官、学、産の多くの組織にこうした構造が浸透している。

こうして、お互いの信頼度が高く、効率がよく、清潔で、安全で安定した社会を作りあげることに成功したが、あらゆる業界で閉じた系(いわゆるタコツボ、ガラパゴス)を作りやすい。部門ごとには効率がよいように見えるのだが、社会全体では財政支出が大きくなり、生産性を下げる原因のひとつになっている。

為政者はわかってはいるのだが、自分たちの重要な既得権益であるために、政治家も官僚も学者もマスコミも、構造の本質には、口をつぐんでいる(小賢しいので、ゴルバチョフが現れない)。口下手な農協を悪者にして、見当ちがいのパフォーマンスをやるのが関の山だ。農業改革で一番簡単で効果的なのは、役人からお金を取り上げて、若い農家に直接配ることだ。すでにEUの実験で証明されている。

参考文献
是永東彦、福士正博、津谷好人、ECの農政改革に学ぶ-苦悩する先進国農政、農文協、1994
EUの新共通農業政策(CAP)改革(2014-2020年)について
http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/cr25_2_1_eu.pdf

アメリカ2014年農業法の概要について
http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/cr25_3_1_usa.pdf

農林水産物品目別参考資料(2015)
http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/block/pdf/sankou1_1.pdf

 

本田進一郎

著述、企画・編集業

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