パレスチナが2011年10月、パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)に正式加盟した直後から予想されていたことだった。エルサレムの旧市内にある「神殿の丘」をイスラム教に属すると主張、その呼称をイスラム教の“ハラム・アッシャリフ”というイスラム名(Haram al-Scharif)に限定した内容の決議案が21日、ユネスコ執行理事会(理事国58カ国)で賛成多数で採決された。
決議案に反対した国はアメリカやイギリスら6カ国。棄権は26カ国で、ロシアや中国を含む他の理事国が賛成した。イスラエルは激しく抗議し、米国も「神殿の丘はユダヤ民族との関連を無視してはあり得ない」と指摘、決議の撤回を要求している。
世界ユダヤ人協会のロナルド・ラウダ―会長は10月13日付けの独週刊誌ツァイトの中で、「ユネスコの決議案は『神殿の丘』のユダヤ教的性格を完全に無視したものだ。『神殿の丘』はキリスト教が生まれ、イスラム教が出てくる前からユダヤ民族の聖地だった。その事実を否定することはホロコーストを否定するのと同じ反ユダヤ主義的行為だ」として、決議の撤回を強く要求している。
同会長は多数の国が採決で棄権に回ったことにも言及し、「ユダヤ民族にとって心が痛い。わが民族の歴史を振り返ると、反ユダヤ主義が台頭している時、沈黙がどのような結果をもたらしたかを知っているからだ」と述べている。
興味深いことは、ユネスコの今回の決議に対して、欧州のキリスト教関係者、神学者、大学関係者から激しい批判の声が出てきていることだ。オーストリアのウィーン大神学部関係者は、「エルサレムとユダヤ教の間の密接な関係を消滅させることは怠慢な歴史忘却行為だ。反ユダヤ主義が台頭している現在、今回のユネスコ決議案は看過できない。ユダヤ人の当然の権利が否定されたり、無視されていることにキリスト教信者たちも無関心ではおられない。決議は紛争を煽るだけだ」(オーストリアのカトプレス通信10月23日)と指摘している。
ユネスコ執行理事会計画委員会で決議案が採択された直後、イリーナ・ボコフ事務局長は14日、パリで「エルサレムの遺産は分割できない。民族の歴史を尊重すべきだ。エルサレムではユダヤ民族、キリスト教徒、そしてイスラム教徒の3大唯一神教は等しく自身の歴史の認知を求める権利を有している」と述べ、アラブ諸国主導の決議案採決に苦情を呈していた。
なお、イスラエル文部省は14日、計画委員会の決議採択に抗議してユネスコとの協力を一時停止すると声明している。
ところで、日本政府は今年のユネスコ分担金約38億5000万円の支払いを保留中だ。中国が申請した「南京大虐殺の記録」が記憶遺産登録されたことに対する抗議の意思表明と受け取られている。
ユネスコは文化的世界遺産を保護する国際機関だが、それを政治的に悪用する加盟国の横暴が目立つ。ユネスコの存続の危機だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。