別件で、篠田先生の本を全部並べて読み直して読んでいたのですが(申請書のヒントをもらうため)、『集団的自衛権の思想史』は篠田先生の本の中ではかなり異例の部類の本なので(これまでの著作の脈絡は大いに分かりますが、こういう本を書くことに時間を使ってくれる人だとは予想していなかった。よほど今書かねばならない、と思われたのでしょうか)、「初心者が一冊だけ」読むなら、この本がいいと思う。
ちくま新書に『平和構築入門』があるのだけれども、あれも一連の国際立憲主義的な思想の構築の一部なので、「入門」と銘打っていてもテーマ設定は「国際社会一般について知りたい読者の関心事に合わせて」という形ではない。「平和構築」以前に国際社会を見るための基礎的なツールを知らん、という人には手が届きにくいかもしれない。もちろんそれまでの平和構築の理論的基礎をめぐる学術書と比べれば「入門」なのですが。
それに対して選書メチエの『国際紛争を読み解く五つの視座』は、6章構成で総論的第1章の後の2−6章では、五つの異なる国際秩序の構成概念「勢力均衡」「地政学」「文明の衝突」「世界システム」「成長の限界」を挙げて、それぞれを「中国の台頭」「ロシアの復活」「イスラーム世界の挑戦」「アフリカの紛争と開発」「アメリカの介入・非介入」という現在の国際社会の主要な紛争の淵源や焦点とされるものを、理論的に理解するためのツールとして提示してくれる。非常に頭が整理される一冊。
「中国の国際秩序への脅威」とか「ロシア帝国の地政学上の復活」とか「イスラーム世界の挑戦」といったものを筋道立てて考えるために最適です。
「理論家」が紛争解決・平和構築という実践的な分野を主導するということが実感される。
国際社会の規範とは「欧米先進国」が外から与えてくれるわけでも、ローカルな「東大法学部系憲法学者」の序列から生まれるものでもなく、リベラルな国際秩序を規範化する思想家や実務家(政治家を含む)の国際的なネットワークによって今まさに形作られているということを篠田先生はおそらく実感しているのだろう。「現場感のある思想家」というのは日本ではあまりいないですね。たまにローカルな現場感に溢れていたりしますがそれは別の話。
そのような立場から一般向けに思いっきり歩み寄った一冊と思います。
編集部より:この記事は、池内恵氏のFacebook投稿 2016年10月29日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は首相官邸サイトより引用)。転載を快諾された池内氏に御礼申し上げます。