写真は元永知宏氏
日ハムが広島を破り、10年ぶりに日本シリーズを制し今年のプロ野球は幕を閉じた。日本野球機構(NPB)によると2016年の観客動員数は、セ・パ公式戦入場者数24,981,514人で過去最高を記録したとある。しかもセ・パ両リーグともに過去最高を記録している。
■プロ野球選手は過酷である
一方で、この時期に球界を去る選手も少なくない。彼らの中には、甲子園や大学野球で華々しく活躍し大きな期待を背にプロの道に進んだ選手がいる。しかし、伸び悩み、ケガに苦しみ、挫折感を味わいながらユニフォームを脱いで野球人生に別れを告げる。
いま一冊の本が注目を集めている。『期待はずれのドラフト1位―逆境からのそれぞれのリベンジ』(岩波ジュニア新書)である。
著者の、元永知宏(以下、元永)は、知人でありビジネスパートナーである。大学野球出身の根っからの野球好きでもある。大学卒業後、“ぴあ”に入社。関わった書籍が「ミズノスポーツライター賞」優秀賞を受賞する。その後は、フォレスト出版、KADOKAWAでビジネス書の編集者として活動し、現在はフリー編集者として独立をしている。なお、本書では、過去のドラフト1位で入団し現在は引退した選手の軌跡をルポルタージュで追っている。
引退はすべての選手に平等に必ず訪れる。引退後のキャリアパスは様々である。正社員のように既得権があるわけでもない。理不尽な扱いを受けて会社を訴えるようなこともできない。ある日、突然、最後通告を言い渡される。それは極めて過酷である。
■プロ野球選手の精神力は凄い
<水尾嘉孝氏のケース>
1990年に横浜大洋ホエールズからドラフト1位指名された、水尾嘉孝(以下、水尾)は、プロ野球選手になった際に、現役を引退したらプロ野球から離れることを決めていたそうだ。コーチや裏方として球団に残りたいがために、自分を偽る人をたくさん見ていたが、それが好ましいようには思えなかったとしている。
結果的に、水尾は料理人になることを決意する。引退は38歳だったが、下積みを経験して48歳の時に一人前になればよいと腹をくくった。周囲は、料理人になることを猛反対したようだ。「料理の世界は簡単ではない」と言われたが、実際に経験するとプロ野球のほうがはるかに厳しかった。厨房で10時間立ちっぱなしでも平気だった。プロ野球で何時間も走るほうがはるかにきつかった。
水尾は、東京の自由が丘でイタリアンレストラン「トラットリア ジョカトーレ」を開店した。現在はオーナーシェフの立場である。連日大賑わいの人気店だそうだ。成功した要因の一つは、第2の人生のイメージを早い段階で決めていたことだろう。先を正しく見通していたということになる。しかしそのベースには、何事にも負けない強い精神力が必要だ。
料理人の世界で、一番の下っ端は雑用係になる。「ボウズ」「小僧」「アヒル」などとも呼ばれる。ヒエラルキーで最も下の階層で修行はここからはじまる。プライドの高い元プロ野球選手が飛び込むには楽な環境ではない。事実、水尾自身も「料理人は、本当に好きな人でなければできない仕事です。」と後述している。
<的場寛一氏のケース>
1999年に阪神タイガースからドラフト1位指名された、的場寛一(以下、的場)は現在、神奈川県川崎市にあるアメリカで絶大な人気を誇るスポーツブランド「アンダーアーマー」のベースボールハウスの店長を経て、現在は営業本部リテール部エリアマネージャーの立場にある。しかし的場の第二の人生も紆余曲折だった。
戦力外通告を受けたあと、社会人野球の強豪であるトヨタ自動車に進んでいる。プロ野球では野球をやり切ったと感じることはできなかったが、再び野球ができることが純粋にうれしかったとしている。また、プロではないが「アマ最強のチームだから強い気持ちをもって入団した」とも述べている。
2007年、トヨタ自動車は日本選手権で初優勝する。2008年には2連覇を達成。2009年の都市対抗では準優勝、的場は打率5割で大会優秀選手に選ばれた。2010年の日本選手権でも優勝し、的場は打撃賞と大会優秀選手、社会人ベストナインを受賞する。2011年のIBAF ワールドカップ日本代表にも選出されたが、2012年に現役引退を決意する。
的場はアマで活躍することで満足できる野球人生を終わらせることができたと述べている。何事においても、やり切ったことがある人は強いのだと思う。的場のメッセージが印象深いので紹介しておきたい。「つらいときには『いまは神様が我慢しろ』と言っているんだ、勉強する時期だと考えて我慢する。そうしているうちに、きっといいことが巡ってきます。どんなときでもポジティブに。」
■「いい球団」とは何なのだろうか
多くの企業で採用のお手伝いをしてきた経験を踏まえてひと言申し上げたい。有名企業の役職者は、中途市場のマーケットでも高く売れる。つまりドラフト上位指名選手である。しかし、有名企業の役職者はプライドが高く、転職先でも「お前たちとは違うんだ」というオーラを出してしまう人がいる。このような人はスポイルされる。
プライドを捨てて馴染む努力をする人は社内からの支援を集めやすい。企業側も特別扱いするのではなく、馴染みやすい環境整備をするところは成功している。彼らの高いポテンシャルを発揮させるための環境整備は球団の叡智に掛かっている。果たして、プロ野球選手にとって「いい球団」とは何なのだろうか。今後時間をかけて検証してみたい。
ドラフト1位選手の辺境からのリベンジは味わい深い。何歳になっても「人生はこれから」であることを教えてくれる。プロ野球の厳しさや苦悩。それを乗り越えようとする精神力。多くの人に参考になるのではないかと思う。
人生の成功とはなんだろうか。見た目が成功に見えるような人も、苦悩を抱えているかも知れない。この2名のケースからも何か感じとれることがあれば幸いである。
尾藤克之
コラムニスト
アゴラ出版道場、第1期の講座が10月に開講しました。11月中旬の編集者オーディションに向け、受講生が鋭意奮闘中です。12月からは毎月1度のペースで入門セミナーを開催します(次回は12月6日開催予定。すでにお申し込みの方が増えております)。
なお、次回の出版道場は、来春予定しています。