「今」の需給バランスは誰にもわからない

あちらこちらでお話をさせていただくとき、筆者は「価格を決めるのは市場だ。正確にいえば、市場の参加者だ。参加者たちが、将来の需給バランスがどうなる、と読むか、その判断が価格を決めている。なぜなら『今』の需給バランスは誰にもわからず、2~3ヶ月後になってようやくおぼろげに見えて来るものだからだ」と解説させていただいている。

この言葉の一端を表す事象が発生した。米EIAが、8月の米国原油生産量は3月以来、初めて上昇に転じた、と発表したのだ。これは予想外だった。

FTのEd Crooksが “US crude output up in August for first time since March” と題して、今朝(around 8:00am Nov 1, 2016 Tokyo time)報じているのだ。サブタイトルが “Rise deals new blow to hopes that global oil over-supply could be eased” となっており、要点はこれで全てだ。

だが、おなじ「事象」でも、見る人の知見、理解力、判断力などによって見える絵姿が大きく異なるものだ。Edだからこそ、ここまで読み取れるのだ、と感心させられる記事なので、筆者の興味関心にしたがい、記事内容を次のとおり紹介しておこう。

・米EIAが月曜日(10月31日)に公式データを発表した。8月の米国原油生産量が3月以来、初めて上昇し、シェールオイルの急激な減産により世界の供給過剰が解消されるだろう、という希望に新たな打撃を与えている。

・EIAによると、8月の生産量は9月より5.1万B/D多い(原文ママ)874.4万B/Dで、ピークの2015年4月対比88.3万B/Dの減少であり、下落スピードが予想以上に緩慢である。

・WoodMacによれば、ConocoPhillips、Pioneer Natural Resources、Hess、Marathonなどは、コスト削減効果と十分なキャッシュフローがあるので、外部金融に依存せずシェールの新規生産を継続できる。

・シェブロンも金曜日(10月28日)に、Permian Basinにおける2016年3Qの生産は2014年同期比24%も上昇しており、さらに今後上昇する見込みだ、と発表した。

・8月の強さは8.8万B/D増産したメキシコ湾連邦管轄(深海)地域にすべてを負っているが、シェールも想定以上に強靭だったことも一因である。

・シェールオイル生産の中心地PermianやEagle Fordを抱えるテキサス州の生産量は316万B/Dとピークの360万B/D対比12%の減少で留まっている。一方、もう一つのシェール生産地北ダコタ州の生産量は97.5万B/Dで、ピーク比19%の落ち込みとなっている。

・EIAも下落スピードについては過剰に悲観視していた。たとえば9月に発表した「短期見通し(Short Term Energy Outlook)」では8月の生産量は834万B/Dと、今回発表数値より40万B/Dも少ない予測を発表していた。

・EIAは米国の原油生産量について恒常的に上方見直しを行っており、今年3月には、2017年9月に795万B/Dとボトムをつけ、それから上昇に転ずると予測していた。最新の予測では、2016年8月がボトムで、それから緩やかに上昇基調に転じ、2017年後半になってようやくはっきりとした増産に転ずる、と見ていた。今では、この予測すら悲観的すぎると見える。

・稼働リグ数も、2014年10月の1,609基から今年5月に316基にまで下落し、それから増加して401基となっている。

この記事が示しているのは米国の原油生産量についてだけであり、世界全体の「今」の需給バランスはまったく読めない。

だが、はっきりしていることは、11月30日の総会でOPECが何がしかの合意に至らないと、再び価格下落圧力が高まる、ということだ。

筆者は、賢い事務局がふたたび見目麗しい落としどころを考え出すのではなかろうか、と考えている。もっとも、どんな結論になろうと、需給バランスそのものは変わらないのだけどね。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年11月1日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。