10月28日に日本デザイン振興会は2016年度グッドデザイン賞の「グッドデザイン金賞」に『東京防災』が選定されたと発表した。東京都が企画し株式会社電通が請け負ったこの書籍には、防災に関する基礎知識がイラストを多用してわかりやすく書かれており、昨年9月から東京都民に配布され評判になった。
それでは、災害弱者にも分類される障害者に、『東京防災』は防災の基礎知識をきちんと伝えているだろうか。
『東京防災』は通常版のほかに、音声コード添付版が当初から提供された。そのページのテキストをQRコード化してページの隅に印刷し、それに携帯電話やスマートフォンをかざせば音声で読み上げられるというのが音声コード添付版である。音声コードの位置は書籍に切り欠きが付いているのでわかる。審査委員が評価する「視覚障害者版を用意した」というのは、このことである。
しかし、音声コード添付版の評判は悪かった。本年9月25日、つまり発行から一年後、東京新聞に「命のガイド 点字で刻む 「東京防災」訳 ボランティアが自作」という記事が出た。記事には次のように書かれている。
本紙読者の点訳ボランティアは「都の対応に不備がある」と考え、点字版を自作し、視覚障害がある人たちに贈った。都は障害者団体などからの指摘を受け、年内にも点字版を用意する方針を固めた。
審査委員は「視覚障害者版を用意した」と評価したが、東京都は不備を認めているのである。
『東京防災』は電子書籍化され、3月末から電子書店で発売された。災害時にすぐに利用できるようにスマートフォンにダウンロードしておいて欲しいからと価格は無料である。
それでは電子書籍を視覚障害者がダウロードしたとして、音声で読み上げできるだろうか。たとえば、iPhoneでVoiceOverを起動すれば誰でもすぐに体験できるが、ほとんどのページは読み上げに対応していない。それは、イラストとテキストを一体の画像にしてしまったからだ。この電子書籍にはさらに欠点がある。どの電子書店サイトにも、次のような注意書きがある。
この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
『東京防災』電子書籍は電子書籍の形はしているが、音声読み上げも画面の端でのテキストの折り返しも、文字列のハイライトも検索もできない、ダメダメ電子書籍 なのである。これでは、視覚障害者だけでなく、テキストが小さいので拡大して見ようとしたスマートフォン利用者にも使いにくい。災害時に利用できるだろう か。「電子書店でPDF版が無償でダウンロードできるようにした」と評価した審査委員は何を見ていたのだろうか。
実は、『東京防災』のテキストが東京都から提供されている。しかし、それを入手するには、「「東京防災」音声コード添付版配布のご案内」というページの一番下「「東京防災」音声コード添付版テキストデータ」に行かなければならない。探しにくいことおびただしい。
『東京防災』は本当にグッドデザイン金賞に値するのだろうか。障害者・高齢者など多様な人々が利用できるように配慮するユニバーサルデザインという考え方が、1980年代に米国で提唱された。『東京防災』こそ、ユニバーサルデザインの原則に沿ってデザインされなければならなかったのに、全く無視された。これは、日本のデザイン文化のレベルの低さを示すものだ。
今日は「文化の日」である。