米大統領選の詳細な分析は米国問題の専門家に委ねるとして、欧州に居住する立場から、当方の感想を述べたい。
ヒラリー・クリントン氏(69)が敗北し、女性初の米大統領という夢は次回以降の大統領選まで待たなければならなくなった。ドナルド・トランプ氏 (70)は実業家であり、ワシントンの政治ばかりか、政界にはこれまでタッチしてこなかった政治の素人だ。対抗候補者だったクリントン氏がファースト・レ デイーを皮切りに、上院議員、オバマ政権下では国務長官まで務めた政治キャリアを誇るのとは好対照だ。プロの政治家に素人の実業家が戦った大統領選だっ た。TVの政治討論でクリントン氏がトランプ氏を圧倒したのも当然だったわけだ。
そして選挙結果はどうだったか。クリントン氏の華やかな政治キャリアは米国民の支持を獲得できなかったばかりか、逆効果をもたらした可能性が考えられ る。米国民はワシントンの政界も世界の政情についても熟知していないトランプ氏を選んだのだ。選挙結果は、プロのボクサー選手がアマチャアの選手に負けた ような状況となったわけだ。
もちろん、民主党の大統領候補者だったクリントン氏が当選すれば、オバマ政権の8年間と合わせて12年間、民主党の大統領時代が続くことになるから、むしろ米国民は変化を期待し、その言動が不確かな共和党候補者のトランプ氏を選んだ、とも受け取れる。
今回の米大統領選は、米国民が既成政治、政治家に対して想像を超えた不信感、嫌悪感を抱えていることを明らかにした。ワシントンの政治を知らないゆえ に、国民はトランプ氏をクリントン氏より「ベター」と判断したわけだ。選挙のプロを誇る政治家は今後、その戦略を変えなければならなくなるだろう。
当方はこのコラム欄で「トランプ氏はレーガンにあらず」(2016年9月23日参考)と書き、トランプ氏とロナルド・レーガン元大統領(任期1981~89年)との相違を書いたが、トランプ氏はレーガンには似ていないが、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相と酷似している。
ベルルスコーニ氏はトランプ氏と同様、実業家であり、政治の素人だった。ベルルスコーニ氏は選挙に勝利し、首相として長期間、イタリアの政界に君臨し た。トランプ氏は選挙戦で女性問題が追及され、ビジネスのやり方を批判された。ベルルスコーニ氏も同様だった。ベルルスコーニ氏は「イタリアのメディア 王」と呼ばれ、トランプ氏は「不動産王」と称され、両者とも世界有数の富豪家だ。そのベルルスコーニ氏が首相となり、トランプ氏が今回、米大統領に当選し たわけだ。
女性問題を抱える候補者は対抗候補者やメディアの攻撃を受け、苦戦するものだが、米国民はトランプ氏の女性問題に寛容な対応をする一方、クリントン氏のメール問題を含むその政治活動に対しては強い不信感を払拭できなかったのだ。
補足するが、クリントン氏が女性初の米大統領という栄光を勝ち取れなかったのは、米国社会に“ジェンダーの壁”があったからではない。“階級の壁”があったからだ。クリントン氏に代表される一部特権エリート社会に対する大多数の国民の無言の抵抗だ。
トランプ氏は9日未明(現地時間)、ニューヨークで勝利宣言をし、その中で「私は2つに分裂した米国社会を再統合するために努力する」と表明している。 トランプ氏の前には、政治活動の後半、数多くの裁判問題を抱えたベルルスコーニ元首相のような道を行くか、レーガン元大統領のように米国民からいつまでも 愛される政治家の道を歩むか、2つの道が待っている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。