トランプ大統領の選出は、グローバル経済の恩恵に与れない米国大衆の不満を浮き彫りにしました。これから世界は大きく変わるでしょうが、私はIT革命を切り口にしてシリコンバレーと日本への影響を考えてみたいと思います。
ベルリンの壁崩壊を端緒に、経済のグローバル化をもたらした原動力は、資本の自由化とICT革命、そして移民政策です。それまでは、国が栄えるには資本を国内で蓄積する必要がありました。例えば日本では、明治以来、まずは軽工業、次に重工業、そして自動車・電機、ハイテクと、お金を蓄えて新しい段階の投資にまわし、国民皆教育と日本的雇用慣行で労働者が育まれ、一歩づつ地道に前に進んで行きました。
ところが、1985年のプラザ合意による超円高で製造業の輸出競争力を削がれた日本への注文は、韓国や台湾、そして中国などの新興国に回されました。お金とインターネットに乗った情報やノウハウが軽々と国境を飛び越える世界では、もはや内国資本の蓄積は必要ありません。欧米金融資本が莫大なお金を出して、労賃の安い新興国に次々と工場を建設して、そこで雇われた国民が一足飛びに豊かになって行きます。グローバル経済の勝ち組は中国・韓国などの新興国です。
創造的なアイデアはあるのに、自国で工場を建てると労働者のコストや手先の器用さで見劣りのするシリコンバレーの起業家も勝ち組です。例えばSteve Jobs率いるAppleでは、i Phoneの設計図をインドなどからやって来たスタンフォード大学を出た超優秀な移民に作らせて、電子メールで、鴻海などのEMSと呼ばれる工場専業企業に送ります。そこでは人海戦術でマニュアル通りに汎用品が作られ、「Designed by Apple in California」の刻印とともに世界中に配達されていきました。資本の自由化とICT革命、移民政策の「三種の神器」が世界的分業を可能にしたのです。
負け組は、米国など先進国の工場労働者達です。そして馬鹿真面目に設計・製造・販売一貫体制に固執して移民や外資を受け入れることなくガラパゴス化した日本の会社群とその従業員です。そしてとうとう、米国で大衆の不満が爆発しました。
このように、ICT革命が経済のグローバル化を引き起こしたのですが、恐らくそのICT革命が今、再び経済の主導権を新興国から先進国に引き戻すのではないかと私は思うのです。時を同じくして反グローバリズムを掲げるトランプ大統領が選出されたのは偶然にしては出来すぎです。どういうことか説明します。
今、世界の隅々に格安スマホが行き渡り、「人のインターネット」はそろそろ成熟期で、時代の趨勢は「もののインターネット(IoT)とビッグデータ」に移ろうとしています。その中心人物の一人が、TeslaのCEOイーロン・マスクです。彼は、自動運転と電気自動車・太陽電池とリチウムイオン電池、シェアアプリで全く新しい交通・エネルギーシステムを作ろうとしています。それを追いかけるのがドイツと日本です。先月トヨタ自動車はようやく電気自動車の生産に舵を切ると発表しました。
しかし、自動運転などのIoTを作動させるには、その土台となるしっかりとしたインフラ(穴の開いた道路では自動運転は危険)、経済性(人件費が安い新興国では人が運転したほうが安い、人口が密度が高くないと採算が合わない)、そして意識が高く成熟した消費者が必要です。それは日本や欧州、米国などの先進国の一部に限られます。だからIoTの投資先は第一段階では新興国には広がりません。そこで使われる設備も高度な熟練労働力が必要とされるので、中国で大量生産という訳にはいきません。皆さん、中国製やデトロイト製の自動運転車に命を預けますか?私は正直いやです。スマホや液晶テレビとエネルギーや交通システムでは要求される信頼度の桁が違います。消費者は多少高くてもいいものを買います。だから、その供給者(工場)も欧州・日本・そして米国の一部(カリフォルニアなどの西海岸やニューヨークなどの東海岸)に限定されます。
ところが、米国でインフラ開発や生産拠点として有望な地域すなわち、カリフォルニアやシアトル、ニューヨークやボストンはことごとく「青の州」、民主党ヒラリー・クリントンに投票した地域です。トランプ大統領と共和党議会はこれから大胆な公共投資をする予定ですが、それはオールド・エコノミーの石油パイプラインとか石炭発電とか、「赤の州」に集中されるでしょう。ですから、今頃、イーロン・マスクは怒りに震えている頃でしょう。
他人の苦境を喜ぶのは褒められませんが、GoogleやApple、Uber、Facebookなどシリコンバレーの企業群がIoTの世界を圧倒的にリードしていたのは事実です。彼らはこれから連邦政府と州政府の股裂き状態になり、大きな混乱は避けられないでしょう。一方で、ドイツなど欧州はグローバル経済のもうひとつの副作用、移民政策に悩まされています。
グローバル経済の荒波の中でチートすることなく失われた30年をじっと耐えてきた日本。「待てば海路の日和あり。」ようやく順風が吹いてきました。