中央銀行は持ちこたえられるか

池田 信夫

本書のタイトルはわかりにくいが、「持ちこたえる」の目的語は「金利上昇」あるいは「国債暴落」だろう。つまり日銀がこのまま量的緩和を続けて金利が上昇した場合に、そのバランスシートはどうなるのかという話だ。

答は明らかである:日銀は大幅な債務超過になる(すでになっている)。これは本書に引用されているように今年の国会でも議論された。

前原委員 独立法人経済産業研究所の試算、これは、2016年末に恐らく365兆円に保有国債は達するであろう。仮に長短金利が2%上昇すれば、平均残存期間8年の日銀保有国債の時価は約14%低下をして、そして日銀の損失は51兆円になる。こういう試算も出ているわけです。

黒田参考人 日本銀行の使命は、物価の安定と金融システムの安定ということでございます。[…]財務の問題、その可能性を言って金融政策をしない、あるいは物価の安定、金融の安定の目標を達成しないということではいけないと思っております。

前原委員 つまりは、国民負担は生じ得るということを認められたわけですよ。

その通りである。2%の金利上昇で(自己資本6兆円の)日銀は45兆円の債務超過になり、これは最終的に国民負担になる。問題は、それで何が困るのかということだ。

シムズも指摘するように、中銀はいくらでも通貨を発行して借金を返せるので、債務超過になることは問題ではないが、民間銀行の資産は時価評価なので、債務超過になると取り付けが起こり、1998年のような金融危機が発生する。

それを救済するために日銀が国債を買い支え、政府が民間銀行に資本注入するとインフレになる。数十兆円の財政支出は政治的に困難だが、政府が資本注入をいやがるとインフレが加速して(理論的には)ハイパーインフレになる。

巨額の含み損はすでに発生しているので、問題はそれをどう処理するかだ。究極の選択は、増税かインフレ税かということだ(IMFのような「最後の貸し手」に頼ることは債務の規模が大きすぎて無理だろう)。普通は本書のようにインフレ税は好ましくないと考えるが、それは自明ではない。

消費税を30%に上げることは政治的に不可能に近いが、インフレは政府が資本注入を拒否すれば起こる。それによって金融資産は大幅に減価するが、政府があらかじめ警告すればいい。銀行の債務超過は、日銀が融資すればいい。投資家は海外に資産逃避するだろうが、それによって円が下がれば損失を海外の投資家に転嫁できる。

オフバランスの社会保障債務を含めて2000兆円を超える日本の政府債務を、増税や歳出削減だけで正常化することは不可能だ。ピケティも推奨するように7%のインフレを10年続ければ、日本の政府債務は半減して将来世代の負担も減る。重要なのはインフレ率をコントロールすることで、これは日銀だけではできない総力戦である。

国民負担を最小化するには、金利上昇が始まったとき、政府と日銀がどう対応するかを決めておくべきだ(シムズをジャクソンホール講演に招いたFRBはすでに考えていると思われる)。資本注入は為替介入のような一時的な措置で、最終的には一般会計に計上する必要がある。金利上昇は必ず起こる。原発事故と同じく、安全神話がもっとも危険である。