アゴラで今夏、私が書きおろした都知事選連載「翻弄」は、もっともヒットした記事が転載先のヤフーニュースで300万PVを超えるなど多くの反響をいただいた。「日本一早い都知事選連載」の触れ込みで舛添都知事が辞意を表明する約1か月前から開始。国内最大のテレビ選挙の歴史を振り返りながらポピュリズムへの警鐘を鳴らした企画だったが、近著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)では、アゴラでの連載を加筆・増補して収録した。12月の発売を前に、連載のエピローグ版として、蓮舫氏と小池氏が都知事選を機に分かれた明暗を振り返りつつ、2人が今夏の首都決戦で激突していた場合のシミュレーションも試みた。
「ポスト舛添」で共に名前が上がった蓮舫氏と小池氏
週刊文春で4月、公用車を使って神奈川・湯河原の別荘に週末通っていたことが発覚した舛添要一都知事(当時)。その後、国会議員時代の政治資金スキャンダルなどが続々と噴出し、6月15日に辞職届を都議会議長に提出した(辞職は21日付)。同時に「ポスト舛添」を巡る政界やメディアの動きが慌ただしくなったが、このとき、真っ先に名前が挙がった有力候補が蓮舫氏だった。
折しも3期目をかけた参院選を間近に控えていたが、東京選挙区でのトップ当選は確実視されており、むしろ首都のリーダーとしてステップアップという選択肢は十分考えられた。当時は二重国籍疑惑が発覚する前。私もその時点では、民進党が最大の弱点である政権担当能力への信頼向上をするためには、蓮舫氏が都知事に転出することは悪くないと考えていた。国政の雛形である都政で成果を残すことができれば、彼女は首相候補になり、待望論も出てくる可能性もあると感じたのだ。
しかし結局、蓮舫氏は6月18日、参院選への再選を目指す意向を表明した。そして、6月29日、小池百合子氏が自民党都連に根回しせず出馬の記者会見を行った。小池氏は自民党推薦候補を目指したが、都連はこれを許さず、小池氏は断念。その後、小池氏は出馬を強行し、自民党は前岩手県知事、元総務相の増田寛也氏を擁立し、野党からは統一候補としてジャーナリストの鳥越俊太郎氏が出馬。7月14日にスタートした都知事選では、この3人を軸に激しい選挙戦が繰り広げられた末、政党の支援を受けない小池氏が291万票を集める圧勝に終わった。
その後の運命を分ける転機になった都知事選
いま振り返ると、ともに「女性首相候補」に目されてきた蓮舫氏と小池氏が、その後の運命を分けることになったのは、まさにこの都知事選だった。詳しい経緯は近著に書いたが、後に蓮舫氏追及の急先鋒となる八幡和郎氏が、蓮舫氏の日本への帰属意識(この場合は政治家としての国家へのロイヤリティー)が本物かどうか、注意深く観察するきっかけになったのは、都知事選で彼女が有力候補として取りざたされたのがきっかけだった。というのも、ツイッターアカウントに「@renho_sha」(謝蓮舫)を使用するなど、台湾へのルーツへの根強い愛着を感じさせる言動がみられたからだ。
「一国の首都のリーダーとなるなら、帰化した先の国への忠誠心を示すべきではないか」と八幡氏。都知事選を終えた後から代表選にかけての期間中、アゴラに日本国への忠誠心を問いかける記事を続々と投稿していく最中、台湾籍が抜けていない「二重国籍状態」の疑惑が浮上したのは、周知の通りだ。
一方、小池氏は、何年も前から都知事選への出馬が取りざたされてきたが、舛添氏の辞意表明前は「万年候補者候補」と自嘲気味に語るなど、けむに巻いていた。6月半ばだったか、私は東京選出の野党議員と都知事選の話になった際、「小池氏が出るとしたら、蓮舫氏が出ないことを見極めてからでは」と見通しを示されたが、果たしてその通り、蓮舫氏不出馬が確定してからの電撃で出馬会見をする。自民都連が、アイドルグループ「嵐」の櫻井翔氏の父でもある桜井俊・総務事務次官の擁立が難航し、増田氏へとシフトしつあった頃のタイミング。当時もアゴラで書いたが、桜井氏の出馬断念を狙い、増田氏への牽制効果を狙ったように思えた。
かつての石原慎太郎氏のように、ここ20年の都知事選は、出馬への名乗りを最後に上げる「後出しジャンケン」戦法が主流だ。ところが小池氏はいわば「先出しジャンケン」で機先を制しにかかり、近年のスタイルとは異なるパフォーマンスを展開したことで、別の有力候補が出現する可能性も指摘され、彼女にとってのリスクは小さくないようにも思えた。しかし、自民党の情勢調査で最有力候補とされた桜井氏は出馬せず、野党系の有力候補者も、鳥越氏や宇都宮健児氏の一本化がぎりぎりまで難航するなど迷走気味で、今回に限っては先手必勝のスタイルが功を奏した形だ。ポピュリズム的という批判はあるが、都政や自民党都連を中心とした都議会を「ブラックボックス」とレッテルを貼り、対立構図をわかりやすく描き出した。
「蓮舫氏VS小池氏@都知事選」をシミュレーション
では、蓮舫氏と小池氏がもし都知事選で直接対決していたら、どのような展開になっていただろうか。
蓮舫氏の基礎票はかなり固い。2016年参院選東京選挙区では、2期連続のトップ当選となる112万票。2010年の171万票より減らし民進党の期待が薄れたと言えなくもないが、これは民進党から共に出馬した小川敏夫氏が落選必至の情勢だったため、組織票のほとんどを小川氏に回したと言われている背景を考慮する必要がある。東京は議席が1つ増え、小川氏は50万票と前回より20万近く減らし、得票率も8%台と他の選挙区であれば供託金没収の落選クラスだったが、首の皮一枚で再選した。
このことは逆に言えば、蓮舫氏は知名度、イメージだけで無党派層から100万票を取ったことになり、「政党離れ」が著しいとされる都知事選では、かなりの好材料だ。もし都知事選に出馬していれば、野党統一候補で出たであろう。“ファン票”の112万と、小川氏、共産・山添拓氏、生活系無所属の三宅洋平氏、社民・増山麗奈氏の得票(計152万票)を合計すれば、264万票にも積み上がる。この数字は単純比較すると、1991年の鈴木俊一氏(229万票)、95年の青島幸男氏(170万票)、99年の石原慎太郎氏(166万票)、2014年の舛添氏(211万票)を上回っており、最有力候補だったことは確かだろう。
小池氏のほうは、実際の結果が291万票だったため、この数字だけを見れば「蓮舫票」を上回る。しかし、忘れてはならないのは選挙の数字は様々な変数が掛け合わせてのことだ。特に小池氏は組織的な後ろ盾がなかったので、風向き次第で得票数は大きく変動したと考えられる。小池氏が自民党から除名覚悟のリスクを取って出馬したこと、孤軍奮闘のヒロイン像の演出というストーリーが共感を集めたこと、実際の野党統一候補である鳥越氏がスキャンダルで票を減らしたことなどの「変数」が重なった結果が、あの大勝利だった。
“夢の対決”は無党派がワクワクするような選挙になるのか?
当然、選挙の顔ぶれも大きな変数の一つだ。この「夢の対決」、自民党が分裂選挙になったとすれば、普通に考えると、小池氏は苦しかったように思える。一方、小池氏が自民党の推薦を得た出馬となり、蓮舫氏と「与野党対決」の一騎打ちになった場合、かなり伯仲すると思われるが、その場合、政党色が前面に出た戦いとなる。果たして、池田信夫が都知事選直後に分析したように、投票率が前回より10ポイント以上も押し上げるほど無党派層が投票に行きたくなるような、エキサイティングな選挙戦になるのだろうか。 都知事選は無党派の動向で決まるようになって20年。その人々を抜きに語れない。
テレビは「女の対決」として盛り上げるだろうから、関心が高まるという予測も成り立つが、きのうの記事で指摘したような小池氏の持つベンチャー経営者を彷彿とさせるチャレンジャー的な魅力は薄まる分、実際の選挙で小池氏に入れた無党派層がどこまで支持するか流動的だ。
一方の蓮舫氏は鳥越氏とは違うスキャンダルがある。つまり、「夢の対決」が決まった時点で二重国籍疑惑が表面化していたかどうかだ。発覚していれば、ネット上ですさまじいネガティヴキャンペーンが展開され、SNSやニュースアプリ経由でかなり拡散するであろう。
ただ、二重国籍疑惑が発覚しても朝日新聞などは蓮舫氏の擁護に回り、社説で「差別を許さない首都に」みたいなズレタ論調をするだろうから、誰の目にも問題が明らかな鳥越氏の女性スキャンダルのような形では嫌悪感は広がらないだろう。となると、「夢の対決」は蓮舫氏優位のようにも思えるが、「変数」の積み重ねは様々なパターンがあるので結論を出すのはやっぱり難しい。
しかし、都知事選以後に現実に起きたことを見て断言できることはある。
蓮舫氏が都知事になってから二重国籍疑惑が発覚すれば、舛添氏が辞めた直後なのに都政が混乱したであろうから回避できたことは本当に良かった。また、小池氏も豊洲市場、五輪ボート会場もろもろの問題で、選挙戦さながらのテレビ広報戦略を続ける余り、混乱の収拾シナリオが見えていないのが気がかりである。
「クロスワードと女性は似ている。難解なほど楽しい」。ある映画で、こんなセリフがあるそうだが、今回のシミュレーションをしながら、そんな心境になりそうになった。しかし、政治や選挙はエキサイティングになった時ほど、冷静な政策論議が後回しになりがちだ。心しておきたい。
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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで今夏好評だった都知事選連載の加筆、増補版も収録した。
アゴラ読者の皆さまが2016年の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。
2016年11月吉日
新田哲史 拝