「事件の核心」は常に隠される

米大統領選では世論調査には出てこないドナルド・トランプ氏支持者の票を「隠れトランプ票」として話題を呼んだ。その隠れ票が実際、選挙の勝敗を決定するほどの規模だったかは、今後の詳細な選挙分析が必要だろう。

興味深い点は「隠れる」という表現だ。何を、誰から隠す必要があるのか。「隠す」とは事件の核心を表に出さないことを意味する。いい意味でも使うが、「隠蔽」などの言葉があるように、悪いニュアンスが強い。

米大統領選ではニューヨーク・タイムズなど主要メディアがクリントン氏を支援する一方、女性問題や多数のスキャンダルを抱えるトランプ氏を酷評してきた。トランプ氏はメディアの批判にさらされ、ほぼ全ての世論調査がクリントン氏の勝利を確信していた。そのような雰囲気の中で、「自分はトランプ氏を応援している」と口に出せなくなった有権者が多数いた。これが「隠れトランプ票」というのだ。

オーストリア大統領選でも左派リベラルの「緑の党」元党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)より極右派政党自由党のノルベルト・ホーファー氏(45)を応援したいが、「ネオナチとみられたくない」と躊躇する有権者の存在を「隠れホーファー票」と呼ぶ(「『隠れホーファー票』って何」2016年11月18日参考)。

「隠れる」という表現を使用している興味深いケースがある。「隠れたイエス」という言葉だ。ポルトガルの小村ファティマに聖母マリアが再臨、3つの予言を羊飼いの子供たち(ルチア、フランシスコ、ヤチンタ)に託した通称「ファティマの予言」(1917年)の話は有名だ。その3人の1人、ルチアは後日、当時10歳で亡くなったヤチンタのことを詳細に語っている。それによると、死に瀕したヤチンタが「隠れたイエスを迎えることができずに死ななければならないのだろうか」と嘆いたという。この「隠れたイエス」とは、聖書学的にいえば、イエスの再臨だ。ヤチンタはそれを「隠れたイエス」と呼んだわけだ。

「隠れトランプ票」、「隠れホーファー票」、そして「隠れたイエス」、この3つの「隠れる」は隠蔽といったネガティブな状況ではなく、事実をさまざまな必要性から覆い隠すという意味が強い。
「隠れトランプ票」や「隠れホーファー票」の場合、候補者の支持を言明することで有権者がマイナスのイメージや中傷を受ける危険性を回避したいという動機がある。その意味で、「隠れる」とは、有権者の自己防衛だ。「隠れたイエス」の場合、偽キリストの出現を防ぐ狙いがあったのだろう。

わたしたちはインターネット時代に入り、無数の情報が迅速にいきわたるオープンな社会に生きている。科学技術の発展の時代的恩恵だ。そのような時代に「隠れる」という言葉が飛び出してくるのだ。インターネット時代のプライバシーの保護という意味合いがあるかもしれない。情報が氾濫している今日、情報が悪用されるケースを避けようとする一種の知恵かもしれない。

昔は悪いことが表に出ないように隠したが、今は自身の利益に直接関与する核心情報を様々な理由から隠す傾向が出てきているわけだ。事件の核心が隠される一方、自身にとってどうでもいい情報だけが闊歩している。そのような社会では世論調査は本来、成り立たないばかりか、社会を誤導する恐れすら出てくるわけだ(「『世論調査』に死刑宣言が下された?」2016年11月12日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。