トランプは21世紀のレーニンである

池田 信夫


今週の木曜から、渡瀬裕哉さんのトランプ・セミナーが始まる(まだ受け付け中)。私は3回目に彼と対談するが、トランプについてはほとんど何も知らない。ただ、こうしたポピュリズム革命は新しい出来事ではなく、その本質はカール・シュミットが100年近く前に解明している。

彼はデモクラシーの意味を「討論」や「多数決」に求める通説に異論を唱え、政治は敵と味方(友)の闘争だと規定する。人は普遍的原理や合理的推論で生きることはできない。人生に意味を与えるのは特定の集団の中の同一性であり、政治においては党派である。国会をみてもわかるように、政党は(蓮舫氏のような偽物であっても)闘いの形をとらないと生き残れないのだ。

同一性は「民族」というアプリオリなものではなく、政治的に作り出される。そういう政治的な同一性を作り出す天才として、シュミットが高く評価したのがレーニンだった。ロマノフ朝の「血統」に代わって彼が創造したのは社会主義という同一性だったが、「すべての権力をソビエトへ」というスローガンは嘘で、実体があったのはボルシェヴィキという党派だけだった。

シュミットは、ロシア革命を主権国家というフィクションを打ち砕く革命的デモクラシーとして高く評価した。もちろんそれは恐怖政治を生み出したが、その後も中国などの第三世界でポピュリズム革命は繰り返された。それは現代でもプーチンを生み出し、イスラム原理主義という形で世界をゆるがし、今もソウルでは「易姓革命」が進行中だ。

そしてポピュリズムは先進国に波及し、トランプを生み出した。来年行なわれるフランス大統領選挙で最有力とされるのは、「極右」の国民戦線のマリーヌ・ルペン党首である。彼らの掲げるイデオロギーにはほとんど共通点がないが、それはロシアや中国の社会主義がマルクスと無関係なのと同じだ。

他方、トランプと(民主党候補を最後まで争った)サンダースの手法には多くの共通点がある。デモクラシーで権力をとるのは世論調査ではなく、人々を投票所に行かせる動員力だ。特に投票率が半分前後のアメリカでは、不平等社会に対するルサンチマンを刺激することが重要だ。サンダースがレーニンと同じ「社会主義」を名乗ったのは偶然ではない。

トランプの政策では不平等は解決できないが、そんなことはどうでもいい。革命が成功する必要十分条件は、大衆がそれを信じることである。レーニンが権力を掌握した最大の武器は軍事力だったが、トランプの武器はメディアだ。それも既存のマスコミではなく、ツイッターなどのネットメディアによる「直接民主主義」だった。

フランス革命以来、革命はユートピアを約束して血なまぐさい独裁をもたらすが、トランプはナポレオンより(マルクスの分析した)ナポレオン3世に似ている。現代では暴力革命は不可能なので、革命は平和的な政権交代として行なわれる。トランプ大統領が議会の同意なしにできることは拒否権の行使ぐらいなので、結果的には(よくも悪くも)従来の共和党政権と大きく変わらないだろう。

トランプを非難する前に認識すべきなのは、彼の体現している本質的な変化だ。合衆国憲法は僭主の登場を防ぐために二重三重の防護をかけているが、トランプはそれを踏み超えて大統領になった(シュミットの意味での)アメリカの主権者である。それは特殊な現象ではなく、デモクラシーの本質なのだ。