【映画評】マダム・フローレンス! 夢見るふたり

渡 まち子
「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」

1940年代のアメリカ、ニューヨーク。社交界のトップとして華やかな毎日を送るマダム・フローレンスは、歌唱力に致命的な欠陥があるにも関わらず、ソプラノ歌手を目指して活動していた。夫のシンクレアは、彼女の夢を、世間の批判や嘲笑から守るため、マスコミを買収したり、ファンだけを集めた小さなコンサートを開くなど、マネージャーとして日々奮闘してた。そんなある日、フローレンスは、世界的な音楽の殿堂カーネギーホールで歌いたいと言い出す。シンクレアの愛情と、尽きない財産を背景に、病を抱えながら頑張るフローレンスの命がけの挑戦が始まった…。

致命的な音痴でありながら、カーネギーホールでコンサートを行った実在の女性フローレンス・フォスター・ジェンキンスの実話を描く「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」。彼女をモデルにした作品には仏映画のフィクション「偉大なるマルグリット」があるが、本作は、あくまでも実話に基づく伝記映画だ。音痴なのにカーネギーホールでのリサイタルを可能にしたのは、フローレンスの莫大な財産があったからだが、実はそれだけではない。どこまでもピュアで一途な性格のフローレンスは、いつ命が尽きてもおかしくない病を抱えていたが、音楽への情熱を支えに前向きに生きていた。周囲が何と言おうと、自分を貫いた精神の尊さは、“ブレない”という普遍的な価値観に通じている。内縁の夫シンクレアの桁外れの献身もあるが、何よりもフローレンス自身が愛すべき人物なのである。才能があると思い込む彼女はなるほど笑いを誘うし、言動は滑稽かもしれないが、決して楽(ラク)ではない人生を送ったフローレンスの純真さに、心打たれるのだ。

歌唱力に定評がある名女優ストリープが、一度上手く歌い、その後あえて音をはずして崩して歌う難役をユーモアとペーソスで妙演。“ロマコメの帝王”ことグラントも、フローレンスの突拍子もない夢を守り抜く、受けの演技が絶妙だ。この二人の名演と、名匠スティーヴン・フリアーズ監督の的確な演出が、キワモノにも思える実話を、支え合う風変わりな夫婦の愛の物語に昇華させた。劇中の登場人物がいつのまにかフローレンスを愛してしまったように、観客もまた、この奇妙な歌姫に魅了されるはずだ。
【80点】
(原題「FLORENCE FOSTER JENKINS」)
(イギリス/スティーヴン・フリアーズ監督/メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ、他)
(チャーミング度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年12月1日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Twitterから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。