トランプの出現で見えてきた、民主主義に疲れた人びとが求める「危ない空気」

田原 総一朗

tahara前回に引きつづき、アメリカの次期大統領トランプのことを話したいと思う。

先日の「朝まで生テレビ」でも「激論!トランプ次期大統領とニッポン」というテーマで激論を交わした。この討論を通して、さらにはっきりと見えてきたことがある。世界のいろいろな国で、多くの人びとが、「民主主義」という理想を追う余裕をなくし、疲れているようにみえるということだ。

アメリカがトランプを選んだのは、国民がグローバリズムの矛盾に耐えられなくなったからだ。イギリスがEU離脱を選んだのは、EUという理想に矛盾を感じた国民が多かったからだ。

つまり現在の、民主主義を中心とする世界の在り方に対して、「ノー」が突きつけられたと言ってもいい。「自国ファースト主義」が勢いに乗り始めているのだ。

いま世界で存在感を示しているトップは、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、フィリピンのドゥテルテ大統領、トルコのエルドアン大統領など、すべて「力によるリーダー」だ。

今、世界の多くの国々で、多くの人びとが生活に追われ、将来の展望も持てずいる。民主主義という理想を追うゆとりをなくしたのだ。こんなとき人は、強い力による変革を望む。そのもっとも象徴的な出来事がアメリカの大統領選でトランプが選ばれたことだった。すでに時代が変わりつつあるのだ。

こうした「空気」は非常に危ない、と僕は思っている。自分の国さえよければいいという風潮は、言うまでもなく、国と国との利害を正面から衝突させ、戦争を招くことも十分に考えられるからだ。

すくなくとも、今の時代の空気が、「危ない」という感覚を、僕たちは忘れてはいけないと思うのである。


編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2016年12月5日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。