なぜ人々は「強い指導者」に頼ろうとするのか --- 宇山 卓栄

極右思想の蔓延

アメリカのトランプ勝利をはじめ、ヨーロッパでも国家主義を掲げる極右勢力が台頭しています。オーストリアでは、かつて、ナチスから支援を受けていた反ユダヤ主義の歴史を持つ自由党ホーファーが支持を伸ばし、大統領選に敗れたものの、接戦となりました。

フランスでは、国民戦線の党首マリーヌ・ルペンが支持を拡げ、2017年の大統領選挙に出馬します。既に、オランド大統領は来年の大統領へ出馬しないと表明しました。イタリアやオランダ、東欧でも同様に、極右勢力が支持を拡げています。

これらの勢力は反グローバリズムとナショナリズムを掲げ、エスタブリッシュメント(既存の勢力や政党)に反発する流れをうまく利用し、リーダーは「強い指導者」を演じます。

歴史の中では、経済が停滞する時、「強い指導者」たちが繰り返し、台頭してきました。1929年、世界恐慌が発生し、ドイツ経済が真っ先にデフォルトすると、ナチス・ヒトラーが台頭しました。

不況や失業が人々を襲い、個人が無力感や不安感を抱いている時、個人は「強い指導者」に頼ろうとします。

フロムが説いた「依存・従属」

ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムは著書『自由からの逃走』(1941年)で、当時のドイツの人々がヒトラーに傾倒していった経緯をそのタイトルの通り、自由から逃げる民衆の心理として、分析しています。

フロムは「人生に対する懐疑で押しつぶされそうになった個人は、自由の重荷から逃れて、新しい依存と従属を求める。」と述べています。

困難で過酷な現実を前にした時、自分自身を維持しようとする強い意志を持ち続けることよりも、「強い指導者」やそれに追従する集団に依存することの方が楽であるため、人間は楽な方へ流されていきます。フロムはこうした人間の行動を「個人が自分自身であることをやめる」と表現しています。フロムは「自由からの逃避の最初のメカニズムは、人間が個人的自我の独立を捨て、その個人に欠けているような力を獲得するために、個人の外側のものと自分自身を融合させようとする。」と述べています。

ナチス・ヒトラーを支持し、その支配に服属するということは、人々が自分で判断をし、行動することの自由を自ら、捨てるということです。しかし、ナチスのような集団に所属することで、個人の無力感は解消されます。そして、偉大な指導者が、困窮から自分たちを救済してくれるのを受動的に待ちます。

フロムが分析した民衆心理はヒトラーの時代のドイツ人にだけ、当てはまるものではなく、いつの時代にも、どのような人々にも、当てはまります。

「大衆とは怠惰で無責任な存在」

ヒトラーはこのような行動を取る人々の心理を捉えて、以下のように言っています。

「大衆は弱者に従って行くよりも、強者に引っ張って行ってもらうことを望む。大衆とはそのように怠惰で無責任な存在である」

ヒトラーは民衆が待ち望んでいる強力な指導者を演じ、民衆の心理を操作していきます。ヒトラーは民衆の特徴を、感情に動かされ、暗示にかかりやすい、集団に盲目的に従う、単純化と断定を好む、と分析しています。

民衆はいつの時代でも貧しく、生活に困窮し、不満を抱くものです。扇動的な指導者は、困窮の原因を誰かのせいにして、「敵なる存在」を意図的に設定します。民衆の不満を「敵なる存在」に振り向けて、それを叩きのめし、排除することで、不満を解消し、民衆に達成感を与えようとします。

ヒトラーはユダヤ人、共産主義者、社会民主党などのヴァイマール体制の既存政党を「敵なる存在」としてターゲット化して、彼らにドイツの困窮の責任を負わせようとしました。そして、ヒトラーは「敵なる存在」と果敢に戦う「強い指導者」を演じ、人々の熱狂的な追随を誘ったのです。

こうした「構造」は、現在、急速に台頭している「強い指導者」たちが背景に有するそれと酷似していることは言うまでもありません。

著作家 宇山卓栄
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。著作家。個人投資家として新興国の株式・債券に投資し、「自分の目で見て歩く」をモットーに世界各国を旅する。近著に、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)などがある。

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