日経「米国務長官職を掘り当てた男」

テイラーソンwiki Rex_Tillerson_at_IHS_Energy_Week

テイラーソン米次期国務長官(Wikipediaより:編集部)

今朝(12月20日)、日経がThe Economistの翻訳記事をこのタイトルで掲載している。「何かがおかしい」というのが第一印象だった。

翻訳記事を読んでから、The Economistの記事を検索して12月13日付けの該当記事を読んでみた。
「翻訳して記事を掲載する」ことには、知らずしらずのうちに翻訳者の主観が入り込んでいるのだな、と感じさせるものだった。自らにも言い聞かせなければ。

読み比べて、気になった点を次のとおり紹介しておこう。

タイトル:
原文は “Donald Trump chooses Rex Tillerson as secretary of state” となっている。これがなぜ「国務長官職を掘り当てた男」になるのだろうか?

おそらく、テイラーソンが石油会社エクソンの最高経営責任者であることを知らない人が多いだろう、という配慮からだろう。たしかに石油開発会社は、地下の石油ガスを求めて「千三つ」とも呼ばれる、外れる可能性の方が高い探鉱業務に従事している。だがここで「掘り当てる」という言葉を使用することは、テイラーソンが「千三つ」という低い可能性にも関わらず「求めて」国務長官に指名された、という印象を与えるのではないだろうか?

この記事を読めば分かるように、テイラーソンの価値観は「テキサス人」であり「エンジニア」であり「ボーイスカウト」であるということにすべて根付いている。

今回テイラーソンは「ボーイスカウト」の信念に基づいて、市民の義務として国家の要請に身を投じるべく、トランプの指名を受け入れたのではないだろうか(12月17日付弊ブログ#291「レックス・テイラーソン:トランプが選んだテキサスのオイルマン」参照)。

「エクソンの方が国際問題にうまく対処できるとみて、米政府の方針とは一線を画し、独自路線をとったこともあった」

この箇所は「自社が抱える国際問題について」と限定している点が訳されていない。『石油の帝国』を読めば、チャドや赤道ギニアという、米国といえども貧弱な陣容の大使館しかない国々において「独自路線をとった」ことがわかる。何でもかんでも、自社の方が米国政府より優れている、と判断していたわけではない。

「約束を守らない悪名高い世界の指導者たち」
この箇所には「たとえばウラジミール・プーチンのような」というフレーズが原文にはある。

「1975年にエクソンに入ってから長期の海外勤務の経験はない」
原文は「生涯海外に住んだことがない(never lived outside America)」となっている。

大学時代からの友人で「長く石油業界で働くジャック・フランドール氏」原文は「an oil banker at Jefferies」となっているから「長く投資銀行で石油業務に従事している」とでも訳すべき。

「すべての取引を公正に行う」ので「ロシア政府は同社に経緯を払うようになった」
ここには「全ての条件は台(board)の上に置かれており、テーブルの下の茶封筒はな
い」という文章が付いている。賄賂などの不正行為はいっさいしない、ということだ。

「同氏はエンジニアとしての経験から意思決定に際し、必ず事実関係を調べたがると
いう」
この箇所を読んで、思わず微笑んでしまった。筆者として忘れられないエピソードがあるからだ。個人的な経験という限界はあるが、技術屋といっても探鉱を主とする地質技術者(ジオロジスト、地質屋)と、開発、生産を主とする石油工学技術者(ペトロリアム・エンジニア、PE)とでは思考形態がまったく異なる、ということがわかるエピソードだ。

ある宴席で一人のPEが「子供が生まれたばかりのとき、どんな味なのか知りたくて母乳を飲んだことがある」と言った。そのとき同席していたもう一人のPEも、恥ずかしがりながら「僕もある」と告白した。聞いていた地質屋たちは「俺たちはない」と怪訝な顔をしていた。「夢がなくなるではないか」と。

その後、機会があるたびに社内外を問わず、技術屋たちに聞いてみた。筆者が聞いた限り、PEは全員「Yes」で、地質屋は全員「No」だった。

見えない地下に石油ガスを探す地質屋は、想像を働かせることが大事だ。
だがPEは、どんなことも事実を知りたがる。事実に基づいて設計をしなければ大きな事故につながる可能性があるからだ。

テイラーソンは「エンジニア」だから、「事実」と「論理」にもとづいて正解を求めて行くのだろうな。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年12月20日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。