お金を払ってはいけない時!

モノでもサービスは経済社会においては「希少な財」であり、それを得るためには対価を支払うのが一般的です。贈与のように無償の場合もありますが、それは当事者間に親族関係のような特殊な関係がある場合がほとんどです。

しかし、世の中には「対価を支払わない方がいい」という場合があるのです。

具体例から考えてみましょう。
あなたが女性で、ホテルのバーで素敵な男性に声をかけられました。話が盛り上がり一夜を共にすることになりました。翌朝、甘い余韻に浸っているあなたに、彼が1万円を渡したらどう思いますか?男性でも同じです。とても素敵な女性と出会い、意気投合して甘い一夜を共にした翌日に「楽しかったわ」と言って1万円を渡されたら?

おそらく「儲かった」と思って喜ぶ人は少数派で、ほとんどの人が「バカにされた」と思うのではないでしょうか?

では、なぜ人間はこのような心理状態に陥るのでしょう?
簡単に言ってしまえば、お金を介在させることによって「愛情モード」から「ビジネスモード」に心の中のフェーズが変化してしまうからです。お金を支払われることによって「ビジネスモード」にチェンジしてしまうと、「私って(俺って)、たった1万円の値段なのかよ!」ということになってしまうのです。

「いやいや金額の問題ではなく、お金で買われたということが気に入らないんだ!」と、あなたは反論するかもしれません。それなら、もし1000万円、いや5000万円を支払われたとしたら「バカにするな」と言って、1万円と同じように突っ返しますか?

おそらく、多くのの人が突っ返すようなことはしないでしょう。私だったら「人生で一度か二度しかない超ラッキーだ」と狂喜することでしょう(笑)ほとんどのみなさんも、「自分の一夜には5000万円の価値があるんだ」と大いに納得して狂喜するのではないでしょうか?

小説家の森博嗣氏が、著書でご自身の講演料について書かれていました。
森氏は、ファンクラブ主催としてボランティアでやる以外は、原則として20万円以上の講演料をいただくそうです。純然たるファンクラブの講演でない場合でも、ボランティアでやる場合は、(あえてファンクラブを噛ませて)無料でやるようにしているそうです。つまり、無料もしくは20万円以上に決めているのだそうです(多少記憶違いがあるかもしれません)。
おそらく森氏の心のなかには、講演について「ボランティア・モード」と「ビジネスモード」の2種類があるのでしょう。もし、森氏が主催者の趣旨に賛同して、わざわざファンクラブを噛ませてボランティアで引き受けたのに、主催者が5万円の謝礼を支払ったとしたら、おそらく森氏は極めて不愉快な気持になるのではないでしょうか?「俺の講演料の価値は5万円かよ!」と思って。

私は、以前、某私立中学の先生から1年生の生徒に憲法を教えてほしいと依頼されたことがあります。「謝礼は5000円しか出せないのですが…」と申し訳なさそうに言う先生に対し、「将来を担う中学1年生諸君に今の日本の根本法の話をするのはとても意義があることなので、謝礼は気にしないでください」と快く引き受けました(残念ながら、当日体調を崩したため、憲法についての解説文を書いて代読していただくことになってしまいました…)。このケースでは、私の心の中は「ボランティアモード」になっていました。5000円は講演料ではなく実費という勘定科目で処理して。

別の機会に、某メガバンクの人事部の方から、「社内報に載せたいので勉強法の話を聞かせて欲しい。ついては人事部の事務所までご足労いただきたい。相応の謝礼はする」という依頼を受けました。謝礼が曖昧だったのが気になりましたが、講演ならぬ取材なので「交通費+1〜3万円程度」と踏んで自ら足を運んで取材を受けました。

後日、その銀行人事部から封書が届き「手続上謝礼の支払ができないので、申し訳ありませんが図書券でご容赦下さい」という文書と1万円(と記憶してます)の図書券が同封されていました。無礼な態度にひどく立腹したのは言うまでもありません。決して金額が安かったからではありません。事情が事情なら、電話なりメールで謝罪や説明をすべきでしょう。謝礼を支払うという約束を勝手に図書券にすり替えた上で、何の事前連絡もなく一方的に送りつけるという「思いきり上から目線」に腹が立ったのです。

たとえ10万円の図書券が入っていたとしても、二度とお付き合いはしたくないと思いました。もっとも、100万円なら…素直に喜んだと思います^_^; 最近、メガバンクの人事に関する記事を週刊現代で読みました。それを読んで、「ああ、銀行の人事部って偉そうなんだ」と再確認した次第です。関心のある方は、ぜひご一読をお勧めします。

話し上手はいらない~弁護士が教える説得しない説得術
荘司雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2014-08-26

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2016年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。