電通の事件は、あらためて日本の労働生産性の低さを印象づけたが、多くの人はまだ「日本は経済大国だ」という意識をもっているのではないか。著者は元ゴールドマンのアナリストだが、そういう幻想を多くの国際比較データで粉砕する。
日本は1990年代以降ほとんど成長していないため、名目GDPはアメリカの70%から26%に縮小し、イギリスの4.3倍から1.5倍に落ちた(ドルベース)。日本のGDPがまだ世界第3位なのは単に人口が多いからで、一人あたり実質GDP(購買力平価)は世界27位。アメリカの67%しかなく、G7諸国で最低だ。もはや経済大国とはいえない。
それなのに日本人に危機感が薄いのは、役所や大企業やマスコミなどの老人の生活水準が高いためだ。日本の相対的貧困率は先進国の中では高いが、貧困層は若者と女性に片寄っている。非正社員の比率は40%を超え、彼らだけが労働生産性に見合う賃金を受け取っているので、就業者数は増えるが賃金は上がらない。
もう一つの原因は、高度成長の残像が残っているためだろう。しかし日本の高度成長の最大の原因は人口ボーナスであり、図のように労働生産性はもともと高くなかった。今はイタリアやスペインより低く、韓国にも抜かれかねない。労働人口が毎年1%減って行く今後は、今のままでは低成長は避けられない。
主要国の労働生産性(米国=100)日本生産性本部
しかし著者は水野和夫氏のようにあきらめを説くのではなく、まだ「伸びしろ」は大きいという。それは日本の労働者ひとりひとりの能力が高いからだ。国連の調査によれば日本の「高スキル労働者」の比率は48%で、世界最高だ。それなのに労働生産性が低い原因は、資本市場や労働市場が機能しないため、効率の悪い企業がたくさん残っていることだ。
特に世界最低のダメな経営者が成長の足を引っ張っており、これを是正すればGDPは1.5倍になるという。これは過大評価だと思うが、労働者の能力から考えると、日本の「ポテンシャルな潜在GDP」が今よりかなり大きいことは間違いない。
だから生産性を上げるために著者が提唱するのは、経営者に時価総額最大化のプレッシャーをかけることだ。これは短期的には、政府がGPIFのファンドマネジャーに運用利回りを上げるように命じるぐらいしか方法はないが、長期的には資本市場の自由化で企業買収を増やすことだ。東芝に「金融支援」なんかしないで、日立か三菱重工が買えばいいのだ。
しかしこれは安倍政権ではできない。経産省出身の今井尚哉秘書官は岸信介以来の国家社会主義だから、企業買収を規制して産業政策で「業界再編」をやろうとして、ことごとく失敗した。この意味で本書は「ポスト安倍」の経済政策を考える上でも参考になろう。