トランプ相場の背景にあるポスト・グローバル危機

久保田 博幸

金融市場、金融相場の世界では、ある言葉が流れの変化を象徴することが多い。昨年の米国大統領選挙の結果を受けての「トランプ相場」とか「トランプラリー」と呼ばれるものもそのひとつである。

日本でも「アベノミクス」と呼ばれた用語が相場に限らず、日本全体に何か大きな変化をもたらせたかのように受け止められている。それより少し前の「欧州の信用不安」や「リーマン・ショック」も同様に百年に一度と呼ばれた世界の金融経済危機を象徴する用語となっていた。

ただし、注意すべきはこれらの用語が一人歩きしてしまい、あたかもトランプ氏や安倍首相の登場が、金融市場の流れを突然変えてしまったかのような見方をしてしまうことである。

「リーマン・ショック」という用語は英語にはない。いわゆる和製英語である。英語では「the financial crisis」とか呼んでいるようである。これは2007年のサブプライム住宅ローン問題がきっかけとなり、ある種のバブル崩壊が発生した上に、金融商品のリスクの行方が広範囲に拡大していたことで、金融バブルの崩壊とも言えた。その象徴的な出来事のひとつが、リーマン・ブラザーズの破綻であった。

「アベノミクス」についても、安倍首相のリフレ政策への発言は、あくまでひとつのきっかけにすぎない。「リーマン・ショック」のあとの「欧州の信用不安」の拡大で、かつてないほどのリスク回避の動きが極まり、それが解消されつつあったタイミングで出てきたのがアベノミクスである。そのため急激な円安株高が起きたが、リフレ政策で物価目標は達成されていない点だけをみても、物価を上げるはずのアベノミクスは成功したわけではなく、タイミングの問題とも言えた。

アベノミクスと呼ばれた現象の背景にあったのが、世界の金融市場を揺るがした大きな危機からの脱却であり、それを象徴するのが米FRBの正常化に向けた動きとなった。しかし、日銀はアベノミクスに引っ張られ、ますます深みにはまり、ECBも異常な緩和を続けている。これは流れを読み切れていなかったともいえるのではなかろうか。物価の低迷は金融政策が足りなかったからというわけではない。原油価格の持ち直しで、それも次第に解消されつつある。

そんなタイミングで出てきたのがトランプ相場である。2016年12月のFRBによる二度目の利上げは遅かったぐらいではあるが、2016年に入っての中国など新興国経済への懸念と原油安によるリスク回避の動きなどが、米再利上げを躊躇させた。しかし、このリスク回避の動きの大きな要因はそのFRBの利上げであり、過剰流動性の後退と原油安が新興国に与える影響が危惧されたと言える。しかし、原油価格は底を打ち、新興国経済もそれほど悪化することはなかった。

さらに予想外ともいえる国民投票による英国のEU離脱決定も、世界の金融市場を揺るがしかねないとされた。しかし、これもギリシャ危機に比べると市場は比較的冷静であった。ドイツ銀行やイタリアの銀行の問題も懸念されたが、すでにこのような危機に対してはブラックスワンとはなっておらず、危機を防ぐための手段も講じられていたことや、過去の経験も生きたことで、これらによるリスク回避の動きも一時的なものとなっていた。

もちろん今年、2017年にも新たな危機が生じる可能性はある。その火種もある。しかし、2007年から2012年あたりにかけての金融経済危機を乗り越え、ポスト金融経済危機の時代に移りつつあるとの見方もできよう。それがここにきてのトランプ相場と呼ばれる世界的な株高、長期金利上昇の背景にあるとも言えるのではなかろうか。象徴的な言葉に惑わされることなく、背景にある流れについても認識しておくことも重要だと思われる。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2017年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。