石破茂議員講演「農業による日本活性化」


「第6回アゴラ・シンポジウム 成長の可能性に満ちる農業−新技術と改革は日本再生の切り札になるか」で、自民党衆議院議員の石破茂氏が基調講演を行った。その要旨は以下の通り。

原稿1、写真1-s
石破茂衆議院議員
1957 年鳥取県生まれ。慶応義塾大学法学部卒。都市銀行勤務を経て、1986 年衆議院議員当選。現在は鳥取1 区。当選10 回。防衛大臣、農林水産大臣、内閣府特命担当大臣(国家戦略特区)兼地方創生担当大臣を歴任。先駆的に農業改革を政治家として主張した。

映像
まとめ記事・成長の可能性に満ちる農業【記事1】
この記事は要旨1 【記事2】
要旨2・パネルディスカッション上 農業改革の可能性【記事3】
要旨3・パネルディスカッション下遺伝子組み換え作物、活用は可能か【記事4】
参考・池田信夫氏解説 「石破茂氏の「日本経済の伸びしろ」」

食糧自給率、生産調整…これまでの農政は正しいのか

私は、一般の方には防衛関係の仕事をしたイメージが強いと思います。しかし政治家としては農業関係の仕事を重ねてきました。宮沢内閣では政務次官、森内閣では副大臣、麻生内閣では農水大臣の仕事をさせていただきました。そして最近は地方創生大臣として、日本中を回り、地方の創生と農業の可能性について考えてきました。

日本の農業政策ではこれまで、「食糧自給率」が語られました。ようやく見直しの機運が出ましたが、それを引き上げることが政策課題でした。副大臣として、また大臣として、それを政策目標にするのを、やめようと言いました。すると関係者、また省内から猛反発を受けました。

自給率はその国でまかなう食糧の割合です。多分、餓死者の出ることがあると伝えられる北朝鮮は高いはずです。副大臣のときにWTOの交渉があり、各国との意見調整のためにアフリカのセネガルという国に行きました。この国は自給率が低いので、共闘しようと発言したところ、先方の農業担当者らに言われました。「私たちの国には金がない。農業の生産性を高めたいが、仕方なく他国から食糧を買っている。日本と事情が違うので、一緒にはできない」。それを聞いて、自分を恥じたことがあります。

農業政策の目標はいろいろ設定できます。耕地面積を維持し農家の収入をどのように増やすのか。農業者従事者の数をどのように維持するのか。持続可能な形の農業をつくり最新の農業技術をどのように取り入れることをうながすのか。こうした数字で検証できる目標はいくつもあります。その結果として自給率が高まればいいのです。しかし自給率だけを増やそうとすると、資源の投入や配分がいびつになる。こうした考えを持ち、自給率至上主義をやめようと発言しました。

また生産調整も見直すべきではないかいいました。コメは典型です。補助金の配分を調整しやすくするために、収量を増やさない政策がとられてきました。農作物に高い関税をかけ、国内で生産調整をすれば、意欲的な農家のやる気をそぎますし、産業として成り立つわけがありません。この私の主張も批判を集めました。そして自民党農水族のある議員が、私にこう言いました。「農水大臣は1年で替わる。自民党農水族は永遠である」。巨人軍の現役選手を去る時の長嶋茂雄さんの言葉を思い出すセリフでした。

どうも私の言うことは10年ほど早すぎるようです。ようやく農業政策が変わりつつあります。農水省は「持久力・自給率」という言葉を使い、自給率向上を以前ほど積極的に言わなくなりましたし、生産調整もなくす方向です。そしてようやく農業を産業として扱い、その成長を支援する方向に変わってきました。

「自民党は票田を守ってきたけれども水田は守ってこなかった」と、評されます。その言葉は確かに正鵠を射ている点があります。私はそれを悪いとは思いません。農村部をいかに安定的に保守の地盤にするか。日本という国の政治の流れの中で、それが大切な時期がありました。しかしその役割を負えた時に、その後も続けてしまったのは、問題だと思います。

日本の縮小という現実

日本経済の状況はかなり厳しいものです。政治家は暗い話をすると票がなくなるのであまりしたくはないですが、数字は悲観的なものです。

現時点で日本の人口は1億2700万人います。それが2100年には5200万人になり、2200年には1391万人、300年には423万人になると、国立社会保障・人口問題研究所が推計しています。そんなばかなことはないだろうと一瞬思うのですが、今、子どもが生まれません。私の周りを見ても、3人のお子さんを持つご夫婦はほとんどいないし、晩婚化が進んでいます。

出生率の数字がありますが、東京が全国最低の1.17。一番出生率が高いのは沖縄(1.94)、島根、宮崎、鳥取、熊本と続きます。そうした地方から主に東京に人が集まります。しかし、東京も幸せではありません。2020年に東京の人口はピークになると予想されていますが、そこから歴史上類例をみない高齢化が進みます。この前、東京の住宅街が広がる東京の目黒区で講演をさせていただきました。2040年に今から人口は7%減りますが、20−30代の女性は35%も減るそうです。

東京は世界の歴史で類例のない発展をしました。昭和30年の1955年から昭和45年の70年までの高度経済成長の時代、日本中から500万人が東京に移り住みました。2015年は昭和90年なのですが、ちょうど15歳で昭和30年に東京に労働者として移住した人が、昨年75歳で後期高齢者となったのです。介護、医療の準備を整えないと、都市が機能しない状況になっています。地方は人口が減り、東京も決して幸せな状況ではない。日本中が、かなり危険な姿を示しています。

2018年はちょうど、明治150年になります。考えて見ると、日本は50年ごとに国の形を「リセット」してきました。最初の50年は明治維新、富国強兵、日清日露戦争で、第一次世界大戦の戦勝国になったのが1918年。敗戦、戦後改革、経済成長を経て、日本のGNPが西ドイツを抜いて、西側世界2位になったのが1968年でした。2018年に3回目の50年を迎えます。ここで私たちは国をリセットしたか。多分していないでしょう。過去の遺産を食いつぶし、また次世代に国債などの形でツケを回し、刹那的にすごしています。多分このままでは、大変危うい状況です。

地方はずっと衰退してきたか。そんなことはありません。1970年である昭和45年から1985年となる昭和55年ごろまで、大都市圏以外の地方と呼ばれるところで、人口が増えた10年間がありました。私の地元である鳥取県も元気でした。週末には観光客わんさかという時代でした。その正体は公共事業と企業誘致、主に製造業の工場誘致でもたらされました。道路やインフラが良くなり、下水道が整備され、空港ができ、港ができ、雇用と所得が向上したのです。繊維、弱電、自動車などの産業も元気でした。

けれども、この時代の雇用と所得の伸びは、これからは公共事業でもたらすことはできません。産業も製造業が以前ほど活力はない以上、新工場をつくれません。これらは解決作にならないことは自明です。

しかし地方には潜在力を最大限発揮してこなかった農業、林業、漁業、サービス業があります。そのこの力をめいっぱい伸ばさないと、地方経済は厳しい状況になるでしょう。

世界平均の農作物輸出量は今の日本の10倍

シンガポールに行かれた方は多いと思います。農地はほとんどなく、1人当たりGDPは日本を抜いてアジアでもっとも豊かな国です。ここで出回っているイチゴの割合は、米国産が50%、韓国産30%、エジプト産5%です。日本のイチゴは世界でもっともおいしいと言われるそうですし、私もそう思います。しかし、この国での流通量は0.3%でしかありません。

シェアを獲得するというのは安定的に供給し、消費者に選ばれ続ける必要があります。それには売る努力が必要ですが、農業でそこまで努力をしたことがあるのでしょうか。

世界中でトヨタ、日産、ホンダの車を見ます。しかし、彼らが昭和30年代、欧米で売るのに大変な苦労をしました。キッコーマンの醤油を、世界のどの国でも見られます。その販売の先頭に立った同社の茂木友三郎名誉会長の話をうかがいました、現地の人が日本食について知識ゼロの状況から説明して、商品を売っていきました。日本の農業はそこまでチャレンジしていないと思います。

世界の農産品の輸出は、平均でGDP比1.6%程度とされます。日本は輸出額が2015年に7000億円の大台になりました。しかし日本のGDPは、年500兆円前後です。世界の平均から考えれば、輸出は8兆円程度になってもおかしくありません。

日本ほど農業に向いた国はありません。土は肥えて恵まれ、春夏秋冬まんべんなく雨が降って土地に傾斜があるものの水が豊かで、光がほどほどにあり、大半の土地で気温が適度に温和である。この農業に必要な4条件を具備した国は世界でほとんどないのです。なぜ、その潜在力を活用できないのか。残念に思います。そして指摘してきたように、農業は潜在力を発揮していない産業で「伸びしろ」があるのです。

農業の潜在力を引き出す政策を

農業については変化が始まっています。私は特区制度によって、例外的な場所をつくり、それを日本全体の変化につなげられないかと考えてきました。例えば、兵庫県養父(やぶ)市では、特区で農地の株式会社の取得、また転売の規制緩和を認めています。またローソンが新潟市で農業特区を利用して、新潟市で参入しました。これをはじめ各地で企業の参入が起こっています。政府は民間の取り組みを邪魔してはいけないのです。口出しして、「ダメだ」とできない理由を並べ立てる。これは適切とは思えません。

日本経済をめぐっては不思議な議論がたくさんあります。このシンポジウムでも、池田信夫先生が批判されることでしょうが、「インフレになって景気がよくなる」という議論があります。人口が減り、需要が減っていく国ではなかなか物価はあがらない。好景気の結果、物価が上昇するのが経済の普通の動きです。

アベノミクスを私は決して批判していません。体の調子が悪かったから、薬を飲む、栄養ドリンクを飲むということは、回復のために当然の行動です。日本経済では、それが「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」ということで、一定の効果はありました。しかし、それだけでは決して健康体にはなりません。「第三の矢」ということで、経済の構造を変えることが訴えられましたが、なかなかそれは進まない。

短期的には景気がよくなったが、株価が上がっても成長率は上がりませんでした。今の日本では生産性を上げないと持続的な成長はできないわけです。

必要な改革の中で農業、林業、漁業がいかなる役割を果たすのか。イノベーション、技術革新に対する正しい知識、意欲的な民間のやる気を支える。政府は規制によって、民間の邪魔をしてはいけないと私は考えています。力を引き出す政策をしっかりやることが今求められているのです。

(編集・石井孝明 ジャーナリスト GEPR編集者)