米大統領選の実質的な選対本部長であり、オバマ米大統領をはじめ安倍首相との会談で常に傍にいた男―ジャレッド・クシュナー氏が遂にホワイトハウス入りする日が近づきつつある。
トランプ次期大統領は9日、長女イバンカの夫クシュナー氏を大統領顧問に指名した。10日に36歳の誕生日を迎えるクシュナー氏に、最高の前祝いを贈ったかたちだ。閣僚メンバーと違い、ホワイトハウス直属とあって米上院での承認は必要ない。
ケネディ前米大統領が弟のロバート氏を司法長官に起用した後、ジョンソン米大統領の下で親族を要職に充てることを禁じる”反縁故法”が1967年に成立した。クシュナー氏の就任に同法が障害になる見通しだが、クシュナー氏が米連邦倫理法をにらみ雇ったウィルマーヘイル法律事務所のパートナー、ジェイミー・ゴアリック氏は「対象外」との考えを示す。かつてクリントン政権時に司法副長官を務めた同氏は、ファースト・レディだったヒラリー・クリントン氏が医療保険改革問題特別専門委員会の委員長に就任した当時を目の当たりにしているだけに、自信をちらつかせるはずだ。
ゴアリック氏によると、クシュナー氏は不動産開発持ち株会社クシュナー・カンパニーズの最高経営責任者(CEO)並びにニューヨーク・オブザーバー紙の代表から辞任する。ちなみに妻のイバンカはホワイトハウスでの要職に就かず、自身のブランドで役割から退任しワシントンD.C.での新生活を支援していく。新居はプーチン露大統領と関係が深いラトビア生まれの投資家が所有していた物件で、ホワイトハウスから引っ越しするオバマ米大統領の近所だという。
2016年12月末時点で550万ドルで売却されたものの、クシュナー一家の持ち家かは不明。
ジャレッド・クシュナー氏は、ハーバード大学卒でニューヨーク大学院で法務博士(JD)と経営学修士(MBA)を取得した。不動産持ち株会社のCEOだった父チャールズが逮捕されたため28歳の若さで引き継いだが、父を訴追に追いやった当時の検察官こそ米大統領選中に知事として真っ先に支持を表明したニュージャージー州のクリス・クリスティー氏である。クリスティー知事がクシュナー氏との確執で閣僚メンバーから洩れたことは、記憶に新しい。
民主党下院を中心にクシュナー氏の大統領顧問に物申すには、理由がある。安倍首相のほか各企業トップとの会談のほか、8日には訪米中のボリス・ジョンソン英外相とスティーブ・バノン氏(ホワイトハウス主席戦略官に就任予定で保守系メディア”ブライトバート”の最高経営責任者)との会談に同席していた。今後も中東政策など外交をはじめ貿易など主たる政策に関与すること必至であり、政権全体に及ぼす影響がヒラリー・クリントン氏の役割を超える可能性が高い。
利益相反の問題も立ちはだかる。クシュナー氏が保有する不動産などの売却や貸手には、特に金融危機後において外国人投資家の存在が目立っていた。中国の保険大手、安法保険集団との関係も問題視されている。ニューヨーク・タイムズ紙はクシュナー氏が安邦保険集団の会長で鄧小平の孫を妻に持つ呉小暉会長と同社が保有するウォルドーフ・アストリアで会食していたと報道。スターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドでこそ買収撤退に終わったものの、米国でのホテルなど不動産への投資意欲が高い安邦保険集団のトップとの晩餐で商談が上がっていないはずがない。弟であり、クシュナー・カンパニーズの次期CEOと目されるジョシュア氏と立ち上げた会社カドリーは不動産投資を簡便化させるテクノロジー・サービスを提供するが、出資者にはロシアや中国の投資家が含まれているの報道もある。
CNBCでも、クシュナー氏と呉会長との会食が話題に。
トランプ次期大統領自身は、イスラム教徒の入国禁止など過激な政策を打ち出す一方で中東政策に明確なスタンスを表明してこなかった。差別主義者との非難轟々のトランプ氏に対し、クシュナー氏は”私が知るトランプ氏”と題したコラムを自身が所有するニューヨーク・オブザーバー紙に寄稿。祖父母がホロコースト生存者と表明しつつ、トランプ氏が寛大でユダヤ教を受け入れてきた弁明した。クシュナー氏の親族がトランプ氏を弁護する上で祖父母の過去を利用したと糾弾したのも、どこ吹く風。ビジネスマンらしく情に流されない性格が読み取れるだけに、顧問に着任すれば中東政策でも実利に適った政策を模索してくるのだろう。
そもそも父チャールズ氏は民主党の大口献金者で知られ、ジャレッド氏自身もかつては民主党支持者だった。弟ジョシュア氏やその彼女でモデルのカーリー・クロス氏は米大統領選でクリントン候補に投票したという。正統派ユダヤ教徒らしく、ユダヤ人に古くから伝わる諺「同じバスケットに卵を入れるな」を実践しているのだろうか。ビジネス手腕に裏打ちされた政権運営がどのような成果を生み出すのか、注目される。クシュナー氏の視線の先に、ユダヤ系アメリカ人初の大統領の座がちらついているならば、尚更だ。
(カバー写真:Martyna Borkowski/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年1月10日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。