経済原則に逆行する「米国第一」
トランプ氏が新大統領に就任し、米国の政治、外交、経済の大転換を図ろうとしています。特に保護貿易主義への傾斜は劇薬で、これまでの世界経済の原理、原則に逆行します。米国人でほとんどを占められるノーベル経済学賞の受賞者は今こそ結束して、経済原理の基本を守るようトランプ氏に訴えるべきでしょう。
日本でも、民主党政権が仕組んだ事業仕分け(2009年)で、スパコンの開発費を削減しようとして、蓮舫氏(現・民主党代表)が「世界一になる必要はありますか。2位ではだめなんでしょうか」と、叫びました。かれらに任せておいたら科学予算が切られ、日本の将来は大変なことになる、と仰天したノーベル賞受賞者5人が記者会見を開き、抗議しました。
野依、利根川氏らは「全く不見識。1位を目指さなければ、2、3位にもなれない」と、警告しました。あまりの反響の大きさにあわてふためき、蓮舫氏はその後、しどろもどろになりました。こういう時には、ノーベル賞受賞者の存在感は大きいのです。今度は米国の経済学賞受賞者が立ち上がる番です。10人でも20人でも一斉に声をあげたら、反響は大きいでしょう。
受賞者の圧倒的多数は米国人
ノーベル経済学賞は1969年に、自由主義的民主主義を前提にした学問的な業績を表彰するために、設けられました。授賞者のほとんどが米欧人、その圧倒的多数が米国人です。「貿易のパターンと経済活動の立地」(クルーグマン教授)や労働経済、資産価格形成など、トランプ氏の貿易、産業政策を批判するうえで、参考にできる研究業績はいくらであります。
世界経済の最大の軸は、「比較優位の理論」でしょうか。英国の経済学者、リカルドが1817年に「すべての国にはそれぞれ相対的に優位な産業がある。貿易によって、それぞれが最も得意な分野を生かせば、利益、収益を最大化できる」と、提唱しました。今年はそれから200年という節目の年に、自由貿易に障壁を設け、歴史の歯車を逆回転させようとしているトランプ氏に、警鐘を鳴らすべきです。
私の知人で、国際電機メーカーの最高幹部クラスの経験を持ち、米国在住も10年以上に及んだ人が考えるべき視点を教えてくれました。「先端技術開発とソフト産業を育成する教育なしに、われわれの未来はない。これに取り組まないと、エネルギーや環境などの制約で地球がもたない」と断言します。米国も日本も、です。
先端技術の開発とソフト産業の育成を
こうも指摘します。「米国に必要な投資は製造業の自動化であり、賞味期限が切れた労働市場(雇用人口)が拡大するはずがない」、「家庭ではすでにロボットの掃除機が活躍している。自動化の時代の一例で、こういうことに経営資源を投入すべきです」、「米国の製造業で使う部品の40%はメキシコからの輸入だ。両国の産業は一体化しており、メキシコを苦しめようとすると、米国が苦しむ」。
トランプ氏は就任演説で主張しました。「工場が一つまた一つと閉鎖され、海外に移転され、取り残された何百万という米国労働者が顧みられることはなかった」、「われわれは米国の産業を犠牲して、外国の産業を富ませてきた」、「われわれの製品をつくり、職を奪うという外国の破壊行為から国境を守らなければならない」。ここには、比較優位理論に基づく自由貿易論の姿はありません。
ホワイトハウスで自動車業界首脳と会談した時は、こう発言しました。「製造業を国内に取り戻したい」、「もう一度、製品を国内で作りたい」、「日本に車を売る場合、彼らは販売を不可能にするような措置を取っている」。誤解と誤った認識に満ちています。これに対し、「米国内では既存工場はすでにフル稼働に近い」、「米側に競争力がなかったから、その製品が輸入されていたのだ」、「外国企業との競争がなくなると、価格が上昇する」などの反論が聞かれます。
「自分の考えと全く同じ考え方が米フォーブズ誌の記事に載っている」と、先の知人が言っています。その記事の結論は「賢明な政策は保護主義ではない。先端製造業やサービス部門で新たな仕事につけるように、米国の労働者に教育の機会を提供すること」(最近号)です。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。