第一興商の提訴も学歴フィルターも「シグナリング」

荘司 雅彦

ウィキペディアによると「シグナリング (英: signaling) とは、市場において、情報の非対称性を伴った場合、私的情報を保有している者が、情報を持たない側に情報を開示するような行動をとるというミクロ経済学における概念である」と定義付けられています。経済学者のマイケル・スペンスが提唱した概念だそうです。

最もわかりやすい例は、就活の時の「学歴フィルター」です。たくさんいる就活生の中で、「私は一流大学を出てきいますよ」というシグナルを点灯させて、最初の関門を通してもらうようなものです。
小綺麗な建物の歯科医院や高級スーツを着た弁護士、ベンツに乗った中小企業経営者たちも、「ウチは信頼できますよ」というシグナリングを発しているのです。

昨今の法律事務所の広告では、「弁護士経験30年」と書いて合格者500人時代に司法試験を通ったというシグナリングを出しているものまで目にします。

あくまで私の経験ですが、500人時代に合格してもその後勉強を怠ったせいか、基本的知識が欠如した人がたくさんいます。自分の書いた訴状に対する「債務不履行に基づく請求」か「不法行為に基づく請求」かという訴訟物に関する裁判官の釈明にマトモに答えられない弁護士も現実にいました。

先般、第一興商が、カラオケで歌っている様子をユーチューブに投稿した人に対して訴訟を起こして勝訴しました。

第一興商が「レコード製作者の権利」を主張し勝訴(栗原潔) – Y!ニュース

第一興商としては、この訴訟に勝訴しただけであれば、弁護士費用の費用倒れになってしまいます。損害賠償も求めていなかったので。

しかし、この勝訴がニュースとして流れて多くの人々の知るところになると、「第一興商はカラオケ映像をユーチューブにアップした人を提訴するぞ」というシグナリングを発することができます。このシグナリングを見て、その後の利用者が動画のアップを止めるようになれば、第一興商としては十分モトが取れるのです。

一昔前、反社会的勢力の組合員たちが派手な服装をしたりサングラスをかけていたのも「シグナリング」です。「俺達はヤクザだから道をあけなさい。ぶつかると怖いよ」というシグナリングでしょう。

最近はこのようなシグナリングはデメリットの方が大きくなったため、本当に反社会的勢力の組合員は派手な服装はしなくなっています。銀行預金口座を作っただけで詐欺罪で逮捕されるので、一般人を装っていた方が明らかに便利でお金もかかりませんから。

売春を業(なりわい)とする女性たちも、それなりのシグナリングを発しているそうです。残念ながら私は見たことがないのですが、男から声をかけられそうなスポットにそれとわかる服装で立っている女性がたくさんいるそうです。自分から声がけするのは(相手が警察官だったり危ない人である)リスクがあるし、価格交渉で値切られる怖れがあるので(シグナリングを発して)声をかけられるのを待っているのでしょう。

「テレビでCM中」というのも、実はシグナリングなのです。
メーカー等が新商品を売り出す時、試験的に使ってもらって高評価が得られたものを販売するのが一般的です。当初の売れ行きが良ければ、テレビCMで大々的に売り出します。テレビCMには莫大な費用が必要なので、「当社が莫大な広告費用をかけられるくらいのいい商品なんですよ」という意味があるそうです。

私のような一般人は、量販店や雑誌でそういう表示を見ても、「何の意味があるのだろう?」と思うだけなので、もしかしたらシグナリングとしての効果は薄いのかもしれません(笑)

このように、シグナリングは意図的に発することが出来るものなのです。就活の時、一流大学卒というシグナリングを発することができないなら、 TOEIC800点というシグナリングをつくればいいだけのことです。実際、私の友人のお嬢さんは無名大学ながら学生時代にTOEIC800点以上を取って大手有名企業数者から内定を貰いました。

街中を歩いている時に、「果たしてこれは何のシグナリングだろう?」と思って周りを見渡してみて下さい。きっと、たくさんのヒントを得ることができるはずです。

話し上手はいらない~弁護士が教える説得しない説得術
荘司雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2014-08-26

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。