公務員のモラルハザードの原因は国賠法 !

経済学のテキストには、「自動車保険に加入すると運転手は自分で賠償をしなくても済むので運転が荒っぽくなって事故が増える」というような事態を指して、モラルハザードと呼んでいます。

「そんなことはないよ」と思われるあなた。今日車を運転しようとした時、たまたま任意保険が切れていたとしましょう。普段より慎重に運転するようになりませんか?ほとんどの人が慎重になると思います。

このように、賠償責任を免れるとなると(積極、消極は別として)モラルハザードが生じるのです。

日本の公務員の場合、驚くべきことに常にモラルハザードが生じるシステムが構築されているのです。
国家賠償法1条2項で公務員の個人責任が極端に制限されているのが原因です。国家賠償法1条は以下のように規定しています。

1 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

つまり、公務員が他人の権利を侵害した時には国や地方公共団体が賠償し、2項によると(その公務員に)「故意または重過失があった場合に限り」求償、つまり個人責任を追及できることになっています。
ちなみに民間企業の場合は、以下の民法715条(使用者責任の規定)が適用されます。

1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

同条3項を見ればわかるように、民間企業の場合は求償権を「故意または重過失」と制限する規定はありません。それどころか「求償権の行使を妨げない」と規定し、求償を当然のこととしています。

平易な例を挙げると、公務員が仕事で車を運転していて「通常の軽過失」で人身事故を起こしても一切個人責任を負わないのに対し、民間企業の従業員の場合はダイレクトに個人責任を負うのです(企業が過重労働をさせていたケースは企業の負担割合が高くなるので、求償できる額は小さくなるでしょうが…)。

さらに、被害者が加害者本人に直接賠償請求できるか否かについて、公務員の場合はできないと最高裁は判断しています(最判・昭和30・4・19)。民間企業の従業員の場合は、(当然のことながら)被害者は加害者本人に対して個人責任を追求できます。

どうして、このような公務員の「特権」が認められているかというと、「軽過失にまで公務員の個人責任を問うと、公務の遂行が消極化し事なかれ主義に陥るおそれがあるためである」という思わず失笑してしまうような理由によるのです。

確かに、凶悪犯を逮捕しようとしている警察官が、「凶悪犯が運転している盗難車はフェラーリだよなあ…止めるために壊したら俺の退職金がぶっ飛んでしまう」などと躊躇するのは困ります。

しかし、公立学校の教師が「消極化し事なかれ主義に陥る」危険を避けるために、教師個人を守る必要があるのでしょうか?
積極的に罰を加えたり厳しい部活連取を課した方が好ましいとでもいうのでしょうか?

以下の事案は、公立高校の教師が部活中に熱中症になった子どもを放置し、前蹴りや平手打ちを加え死亡させた事案です。

東京新聞:部活で熱中症死…遺族「顧問の責任は」闘い7年「命と安全守って」:暮らし(東京新聞)

地裁判決は「重過失あり」として100万円の求償を認めましたが、まだ判決は決着していません。教師個人に対する責任追及を最高裁判例が「できない」としたために住民訴訟という迂路を強いられ、7年もかかっているのでしょう。

私立高校であれば、教師個人と学校の双方を訴えることができるし、教師個人も責任を負わなければなりません。

こんなバカげた違いを解消するには、いったいどうすればいいのでしょう?

一つの方法として、(上記の)国賠法1条の「国又は公共団体の”公権力の行使”に当る公務員」という文言の「公権力の行使」を制限して、公立学校の教師の仕事を「公権力の行使」ではないとしてしまう方法です。

これは極めて素直に納得できる解釈です。学校教師の仕事が「公権力の行使」と表現するのは、ほとんどの人が違和感を覚えますよね。

しかし、教師だけならともかく他の公務員の職務には「公権力の行使」と呼べるかどうかはっきりしないものがたくさんあります。例えば、同じ国税庁の職員でも、マルサのように強制捜査ができる職員もいれば事務仕事しかしない職員もいますし…。その都度裁判所の判断を仰いでいたのでは、迅速な被害者救済がないがしろになってしまいます。

一番いいのは、公立学校を独立行政法人にしてしまうことではないでしょうか?
独立行政法人にしてしまえば、教師は公務員でなくなるので国家賠償法による保護はなくなります。また、手厚い身分保障がなくなるので、解雇規制の緩和とあわせて人材の流動化が可能になります。

以前「教育格差を是正する方法」として、学校を独立行政法人にして「教育バウチャー(切符)制を導入する」という方法を提案しました。

私立学校と公立学校の差別的取扱を解消するためにも、公立学校を独立行政法人として教師を非公務員にすべきだと思うのですが、いかがでしょう?

モラルハザードに陥るのを防ぎ、「下手すると賠償請求されるかもしれない」という緊張感を教師たちに持ってもらった方が、保護者としても安心できるし国や自治体の賠償額も少なくて済むと考えます。

話し上手はいらない~弁護士が教える説得しない説得術
荘司雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2014-08-26

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。