コカ・コーラ社に学ぶ訴訟戦略

荘司 雅彦

米コカ・コーラの訴訟戦略の真意とは?(コカ・コーラ社サイトより:編集部)

企業は、自社が販売している商品と他の商品を区別するために、商品の商標登録をします。
ブランド物だけでなく食料品でも安価な粗悪品と間違われないように商法登録をしています。調べたわけではありませんが、私がいつも食べている「ジャワカレー」もハウスが商法登録してものと思われます。

しかしながら、時代とともに登録商標が普通名詞となってしまい、誰でも使用できるようになった例が実はたくさんあるのです。市場で日常用語となるくらい大きな成功を収めたわけですから、企業としても敢えて争おうとしないのでしょう。ブラジャーやセロファンというものも、実は最初は登録商標だったのです。

さて、あなたは「コーク」と聞いて何を連想するでしょう?
コカコーラだけ? それともペプシも含んだコーラすべて?
おそらく、コカコーラだけを連想する人が多いのではないでしょうか?
実は、その背景にはコカコーラ社の並々ならぬ努力があったのです。

コカコーラ社は、調査員を雇って全米中のレストランや喫茶店などで「コーク」と「コカコーラ」を注文して回らせました。出されたもののサンプルをアトランタの本社で成分を調べ、コカコーラ以外のものが出されたレストラン等には警告が発せられました。

「コークと言って注文した客には他のコーラ系ドリンクを出してはいけない」と。それに従わない店舗をコカコーラ社は商標権侵害を理由に訴えたのです。1945年以来、約800もの店舗を訴え、同社によるとすべての訴訟に勝利したとのことです。

調査員を全米に派遣してサンプルを調査し、800もの訴訟を提起するだけでも気が遠くなるような莫大な金額が必要になります。甚大なコストをかけてまで「コーク」という商標を守るのは、一見すると極めて不合理な行動だと感じる人が多いのではないでしょうか?

ところが、一見無駄な訴訟を繰り返していたコカコーラ社は、裏で実に緻密な計算をしていたのです。
「コークと呼ぼう、コカコーラ!」のCMに馴染んでいた客が、店で「コークを」と注文した場合、「実は当店ではペプシしか扱っておりません」などといちいち説明するのは店側にとって極めて煩雑なことです。
特に、客で混み合った店内でウエイターが逐一確認していたのでは商売になりません。かと言って、うっかりペプシを出してしまうと訴訟沙汰になって敗訴する恐れがあります。

そのような危険を犯すくらいであれば、コカコーラ社との排他的供給契約を結んだ方がたいていの店にとって安上がりです。結果として、飲食店市場でのコカコーラのシェアは80%に跳ね上がったと言われています。

これに対し、ペプシは、大手のコカコーラ社が零細小売業社を萎縮させ、公正な競争が阻害されていると主張しましたが、残念ながらペプシには全米中の店を調査する調査員を雇う資力がなかったとのことです。

このように、コカコーラ社が莫大な費用をかけて調査と訴訟を繰り返したのは、結果的に飲食店市場のシェアを拡大して安定させるためだったのです。自社製品が将来にわたって安定的かつ大量に売れるのですから、一見無駄に見えた費用は十分過ぎる利益をもたらしたのです。

私が扱った案件でも同じような戦略をとったケースがいくつかありました。
「容赦なく提起するぞ」という評判を業界内で広めることによって、自社のシェアを大きく拡大したりしたのです。

このように、大きな成果を得るために「一見ムダと思われる訴訟や手間」をかける戦略はけっこうあるものです。トラブル処理だけが弁護士の仕事ではありません。企業の利益にプラスになるような提案が出来る弁護士こそ、有能な顧問弁護士と言えるでしょう。

反対尋問の手法に学ぶ 嘘を見破る質問力 (ちくま文庫)
荘司雅彦
筑摩書房
2013-09-10

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。