「異次元の財政政策」は日本経済を救うか

池田 信夫


けさの日経新聞で平田育夫記者(元論説委員長)がシムズの政策をシミュレーションしているが、異次元の財政政策というのはおもしろい。金融政策で行き詰まった安倍首相が、3期目の目玉として財政政策を打ち出す確率は高い。平田記者にならって、私もシミュレーションしてみよう。

  • 第1幕 安倍首相が2018年の自民党総裁選を前に、3期目の目玉として「教育無償化のための憲法改正」を打ち出す。
  • 第2幕 党内では「筋の悪い改正だ」と批判を浴びるが、維新は賛成し、民進党も「こども国債」と名前を変えることを条件にして改正に賛成する。
  • 第3幕 自民党から共産党まで全会一致で、憲法26条を「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に高等教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と改正し、大学まですべての教育を無償化する。
  • 第4幕 文科省の予算は10兆円を超え、「こども国債」が100兆円発行される。
  • 第5幕 金利が上昇し、物価上昇率が2%を超える。
  • 第6幕 安倍首相は記者会見して「これは異次元の財政政策なので、心配はいりません。シムズ教授の理論によれば、インフレで実質政府債務は減るので財政は健全化します」と発表し、増税も歳出削減もしないことを約束する
  • 第7幕 国債市場はパニックになり、長期金利が上がる。これによって物価が上がるので、日銀は物価を抑制するために政策金利を上げるが、長期金利も上がってさらにインフレになり、物価上昇率は10%を超える。
  • 第8幕 金利上昇とインフレで国債は暴落し、資本逃避が起こって1ドル=200円ぐらいになる。
  • 第9幕 円安で日本企業の国際競争力が大幅に上がって法人税収が増え、財政は黒字になる。
  • 第10幕 名目政府債務も削減され、物価は2倍ぐらいで安定する。

これがベストシナリオだが、第5幕まではほぼ確実だ。こども国債100兆円で財政インフレが起こらなければ、消費税を廃止するとか「国土強靱化」のために200兆円の国債を発行するとか、「非伝統的な財政政策」でインフレを起こす手段はいくらでもある。実は日銀も国債を買い入れて財政政策を行っているので、それを大量に売れば財政インフレは起こる。

第7幕は議論のあるところだが、財政インフレを利上げで止めることはできない。一般には金利が上がると物価は抑制されるが、政策金利を上げると長期金利も上がり、政府の国債費(金利支払い)が増える。このため財政赤字が大きくなって日銀は通貨を増発するので物価が上がり、これによって名目金利が上がる…というループに入る。

問題はこのループが、第9幕のように円安で止まるかということだ。シムズは楽観的で、長期的には家計が予算制約に直面するので消費はインフレに中立になり、物価をコントロールできると考えている。彼のシミュレーションでも、テイラールールで200%程度のインフレに抑えることができるが、投資家が混乱して市場が「振動」すると物価上昇率は2500%を超える。

政府が日銀に無限に資本注入できれば、財政インフレは一時的な「水準訂正」で終わり、物価水準は「非リカーディアン均衡」に収斂する。これは複数均衡なので、このシミュレーションのように政府債務を増収で削減する上げ潮均衡に収斂するか、物価が発散して日本経済が崩壊する焼け野原均衡に収斂するかが問題だ。

理論的には、どっちに転ぶかわからない。たぶん上げ潮の確率が1割、焼け野原が9割ぐらいだと思うが、上げ潮派の安倍首相はこの賭けに魅力を感じるだろう。彼が賭けに負けても金融資産を大きく失うのは金持ちと老人であり、勝ったら憲法を改正して自民党の永久政権が約束される。最後は政治決断の問題である。