いよいよトランプ米大統領、28日(日本時間の29日午前11時)に一般教書の代わりに1期目の大統領が行う議会演説(正式には議会合同演説)を行います。
ホワイトハウスは議会演説前から動き出しており、27日には国防費を現状から200億ドル(2%増)引き上げる方針を表明。2011年に債務上限引き上げ交渉と抱き合わせ財政赤字削減を狙い導入された強制歳出削減に照らし合わせると、2018年会計年度の上限から540億ドル(10%)の増額となります。増額分は国務省の予算を最大30%削減、環境保護局(EPA)の予算カット、国際支援規模の縮小など非国防支出を同額引き下げてバランスを取る方針です。3月16日に予算案の青写真を公表する予定で、その前の議会演説でインフラ投資や税制改革に言及する見通し。この方は国境調整税に注目されていますが、どこまで踏み込んで発言するのでしょうか。
28日の議会演説でアメリカ人、正確に言えばリベラル派がじっと耳を傾ける言葉は「移民政策」にでしょう。トランプ政権が新たに犯罪歴のある不法移民を強制送還させるとのニュースが流れ、筆者のフェイスブックも大いに荒れました。
国土安全保障省が作成したメモでは、有罪判決を受けた不法移民や逮捕歴のある不法移民のほか、凶悪犯罪者だけでなく詐欺や虚偽表示の経歴がある者が対象となり得ると明記してあり、リベラル派を驚かせたものです。1,100万人と言われる不法移民のうち、少なくとも800万人が対象になり得るとの試算も弾き出されています。また移民・関税執行局(ICE)の職員を10,000人、米国税関国境警備局(CBP)の職員を5,000人増員するよう求めていました。大規模な強制送還に向け、着々と準備を進めています。
翻って、米国はほぼ完全雇用の状態。建設業界を始め、人手不足に悩むセクターも多いというのが実情です。仮に800万人近い不法移民が強制送還となった場合に、米経済がダメージを受けるリスクは潜んでいないのでしょうか?米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長も不法移民には言及しなかったとはいえ、移民は重要な労働力の源泉と発言していましたよね。
そもそも、アメリカの不法移民はどこで働いているのでしょうか?2012年の動向を調査したピュー・リサーチ・センターの資料を元にひも解いていきましょう。
主要産業全体で最も不法移民の割合が高いセクターは娯楽・宿泊で、17.7%でした。建設は15.8%で2位、3位はIT関係や会計、法務、医療などを含む専門ビジネス・サービスで14.0%となります。トランプ米大統領が選挙中から復活を約束してきた製造業も、13.0%と決して低くはありません。
(作成:My Big Apple NY)
主要産業それぞれの間でアメリカ人、合法移民、不法移民のシェアをみると、1位は農業・林業・漁業で16.1%。2位は建設で12.2%で、1位とを含め合法移民の割合(農業・林業・漁業で15.1%、建設で10.7%)より高いことが分かります。3位は娯楽・宿泊で9%でした。娯楽・宿泊は同セクター全体でみると不法移民のシェアが突出して高くなかったものの、頭数が140万人と建設の125万人、農業・林業・漁業の35万人を上回ったため、全産業でまとめたシェアでは1位という不名誉に終わってしまいました。
(作成:My Big Apple NY)
ここでピンときましたよね?不法移民を数多く抱える娯楽・宿泊や専門ビジネス・サービス、建設と言えば直近の雇用統計の牽引役でした。娯楽・宿泊こそ平均時給(生産労働者・非管理職)は1月時点で13.13ドルと低賃金ながら、建設は26.30ドル、専門ビジネス・サービスは25.83ドルと1月の全米平均時給(生産労働者・非管理職)である21.84ドルを大幅に上回ります。製造業も20.65ドルですから、2017年の米連邦政府の最低賃金である7.25ドルを超える賃金を支払われていてもおかしくありません。正規の労働者より賃金を抑えられているでしょうが、高度な技術を有している不法移民が少なからず存在しているというわけです。
さらに詳細な職種でみると、以下の通り。一般家庭が2位に入っている点が、格差社会米国たる闇を感じさせます。
(作成:My Big Apple NY)
不法移民が強制送還されれば非労働力ながら今すぐの就職を希望する人々、並びに経済的な理由でパートタイムを余儀なくされている不完全失業者の数が改善する可能性が残ります。ただし、ベージュブックで明白な通り特殊技能職での人材不足が深刻で、また新入社員ですら賃上げされるほど労働市場は逼迫する状況。むしろ専門ビジネス・サービスや建設で不法移民が奪われれば、経営に打撃を与えかねません。不法移民の取り締まり強化に伴い合法移民の間で住宅を中心に高額品の買い控えも取り沙汰され、移民の国アメリカでの移民政策厳格化は差別問題だけでなく経済的な波紋を投げかけるリスクまではらみます。保守派にしてみれば治安悪化と不法移民の雇用こそ経済停滞の一因でしょうから、リベラル派との溝は深まるばかりです。
(カバー写真:Michael Fleshman/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年2月28日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。