マレーシア警察当局は先月22日、クアラルンプール国際空港で発生した「金正男暗殺事件」で駐マレーシア北朝鮮大使館の2等書記官が関与していたとして、北朝鮮大使館に事情聴取を要求したが、北側からは返答が得られなかった。
マレーシア警察当局の捜査によって、正男氏暗殺に北が関与していたことが判明するとともに、事件に関与した北朝鮮関係者の名前と写真が公表された。犯行には劇薬の神経剤「VX」が使用されたことも明らかになったばかりだ。
その捜査結果を踏まえて、マレーシア側が北朝鮮大使館に重要容疑者への事情聴衆を求めたわけだ。北側は大使館、総領事部での外交官の特権を明記したウィーン条約(1961年採択)に基づいて、大使館関係者への捜査を拒否している。犯行に使用された神経剤VXの入手方法として北外交官の外交行嚢が利用された可能性があるという。外交行嚢に入った物品や資料は出入国でチェックされない。「外交関係に関するウィーン条約」( Vienna Convention on Diplomatic Relations)に明記された外交特権(外交官関係条約)だ。
すなわち、北の外交官が路上で誰かを殺しても、大使館に逃げ込めば治外法権として現地の警察官は立ち入りができない(公館の不可侵や刑事裁判権・租税の免除)。殺人犯が大使館内に潜伏していることが分かっていても、警察側は手を出せない。通常の世界では考えられない状況だ。
2、3の実例を挙げてみる。1997年、駐オーストリアの北朝鮮大使館参事官として就任した核専門家・尹浩鎮(ユン・ホジン)氏の自宅を米情報機関CIAエージェントが盗聴していたことが発覚した。CIAエージェントが米外交官旅券を提示したため、オーストリア側は逮捕を断念し、同外交官に国外退去を要請した。同エージェントは再びウィーン入りできない。同エージェントの名前と写真はオーストリア側に「願わしくない人物」(ペルソナ・ノン・グラ―タ)に指定さからだ。オーストリア当局は当時、「同盟国とはいえ、わが国は主権国家だ。国内で外国の不法な工作活動を許さない」と説明していた。
最近では、ロンドンのエクアドル大使館に2012年に逃げ込んだウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジ氏のケースがある。同氏はスウェ―デンで女性への性的暴行を行った容疑を受け、逮捕状が発布されている(同氏は否定してきた)。外交官ではないが、エクアドル大使館に逃げたアサンジ氏をロンドン警察はエクアドル側の協力がない限り、拘束できない。ただし、アサンジ氏が大使館の外に一歩でも踏み出せば、ロンドン警察は「保釈違犯で即逮捕する」という。
参考までに、ソウルの日本大使館前に慰安婦像が設置されているが、これは条約に記された「安寧の妨害」と「威厳の侵害」という観点からいっても明らかにウィ―ン条約に違反している。
マレーシアの「金正男暗殺事件」は重要な教訓を提示している。具体的には、外交特権を記述したウィーン条約の一部修正の必要性だ(一部は実施済み)。北朝鮮を含む「テロ支援国に指定された国」の外交官の出入国の監視を強化し、その外交行嚢も疑いあれば開かせるなど、強硬処置を認可すべきだ。殺人犯が大使館内に潜んでいるのに何も対応できないといった異常事態は解消されなければならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。