電気自動車は石油需要の脅威ではない

岩瀬 昇

世界各地で電気自動車の開発は進むが…(写真はテスラモーターズのロードスター:Wikipediaより:編集部)

「新ピークオイル論」が喧伝される中、IEAの「石油需要のピークなるものの姿はまだ見えない」という見方を裏付けるようなニュースをFTが報じている。”Electric cars pose little threat to oil demand” (around 22:30 on March 21, 2017 Tokyo time) という見出しの記事で、サブタイトルは “Majority of vehicles will remain powered by petrol for at least the next 2 decades” となっている。

3月18日の弊ブログ「[FT]トランプ氏のシェール推進、炭素排出抑制に貢献か」の中で紹介したIEA発表の “IEA finds CO2 emissions flat for third straight year even as global economy grows in 2016” では、CO2の排出量を減少させても経済成長は維持しうることが示されていた。だが究極の目標である「気温2度上昇Max」を実現するには、パリ協定に基づき各国政府がさらなる積極的な政策対応をとる必要が指摘されている。政策対応とは、結局のところ国民からの税金をどのように投入するか、ということだ。

FT記事にある、デンマークが電気自動車への補助金を中止したら販売台数が8割減少したという事例は、問題の大きさを示しているのではないだろうか。

さて、恒例に従い、筆者の興味関心に基づき記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

・一般的に石油需要のピークを早める原因とされている電気自動車の普及は、データによりさほどではないことが示された。エネルギー・コンサルタント会社であるFacts Global Energy(FGE)のデータによれば、少なくとも今後20年間、世界の乗用車の大半はガソリン車で、石油需要を増加せしめるだろう。乗用車台数は2040年までに18億台に増加し、そのうち電気自動車は10%のみで、ハイブリッド車も20%に留まる。

・これは、「テスラ」に代表される電気自動車が普及し、石油需要の構造的減少をもたらすという大方の見方に反する。だが多くの調査は、バッテリー価格の下落がすぐに電気自動車の販売増をもたらすと、物事を単純化しすぎている。

・現実はもっと複雑だ。

・電気自動車の普及は、政府の巨額の誘導策に支えられている。たとえばノルウエーでは、何十億ドルもの税優遇措置によりほぼタダで電気自動車を保有できるため、節約目的でガソリン自動車に加え電気自動車を購入するのが一般的になっている。デンマークでは2016年1月に補助金を停止したが、その結果、電気自動車の販売台数は前年比80%減少した。同じことがノルウエーでも起こるだろう。

・バッテリー技術は向上しているがさほど急速ではない。大量生産の引き金となるといわれている150ドル/kWhとなっても、電気自動車はガソリン車よりも何万ドルも高いものになる。

・コスト以外に、エネルギー密度で測ったバッテリーの効率性向上も遅々としている。走行距離を伸ばすためには、バッテリーをたくさん搭載しなければならないが、そうすると重量を増し走行距離を縮めることになる。

・油価が下がったころによるSUV(Sports Utility Vehicle)への愛好ももう一つの問題だ。フォードは昨年、乗用車1台に対し6台のSUVを販売した。この結果しばらくの間、石油需要は増加するだろう。中国においてすら、販売された3台のうち1台はSUVだった。FGEの見方では、少なくとも次の10年間、比較的低い油価が続くとすればこの傾向は続くであろう。

・製造能力も別の障害だ。電気自動車の生産は、伸び率こそ目覚しいが、2016年の製造能力は全乗用車で7,000万台以上だが、電気自動車は50万台以下でしかなく、テスラの製造実績は8万台だけだった。
・電気自動車の大量普及には、主要自動車メーカーの参入がなければ困難だ。世界的によく売れているものの一つである日産「リーフ」は、6年前の販売開始以来25万台しか売れていない。一方、日産を傘下に持つグループ全体では、2016年だけで1,000万台以上の乗用車を販売しており、電気自動車は1%以下だった。

・石油需要の運命は西洋ではなく、巨大なモータリゼーションが始まったばかりのアジアにある。現在アジアは、11億台の乗用車の3分の1を占めているが、FGEは次の25年間に5億台以上を増加させ、2040年までには半分以上になるとみている。

・最も好意的に見ても、電気自動車が石油需要のピークを迎えさせるというのは困難だ。もっともありそうなシナリオとは、当分のあいだ石油需要は伸び続けるだろう、ということだ。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月22日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。