弊著『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』(2014年9月、文春新書)でシェールガス革命がアメリカで起こった要因の一つとして、国内中に張り巡らされた天然ガス幹線パイプライン網の存在を指摘した。日本には「3・11」の時に有用性が再認識された石油資源開発の新潟から仙台地区へのパイプラインを含め約3,000kmしかないが、アメリカには約50万kmも存在している。
いま調べてみたら、アメリカには石油幹線パイプラインも約25万kmある。
つまり、アメリカ国民にとっては、パイプラインの存在は決して目新しいものではない。
では、なぜ新設パイプラインが「環境問題」として危険視されるのだろうか?
不思議だった。
今朝のFT記事 “Trump pipeline approval faces environmental backlash” (around 1:00am on March 25, 2017 Tokyo time) を読んで、ようやく納得した。
オバマ大統領がパリ協定締結に向けて主導的役割を果たすべく、2015年に当該プロジェクトを阻止した理由も、今回トランプ大統領が「許可」した環境問題に関する理由も、ともにカナダのオイルサンド採取および軽質油を混ぜて使用可能な重質原油にするプロセスの「評価」の問題なのだ。そう、世界中に影響を与える地球温暖化への対応をどうするか、ということで、カナダ・アルバータ州で発生するCO2こそが焦点なのだ。アメリカ国内のパイプラインからの、石油やガスの漏出リスクを問題にしているわけではない。
なるほどね。
“Go-ahead on $8bn Keystone project sets stage for battle with campaigners” とサブタイトルがついたこの記事の要点は次のとおりだ。
・(米国務省の正式許可は出たが)プロジェクトはまだネブラスカ州の許可と顧客との契約が必要だ。さらに環境派の抵抗、法的争いが待っている。
・80億ドルのキーストーンXL(ちなみにキーストーン・パイプラインはすでに操業されており、これはエクストラ・ラージということか。FT記事の地図参照)は、カナダのアルバータ州産オイルサンドからの重質原油を米国の製油業者へ運ぶ1,200マイル(約1,900Km)のパイプライン・プロジェクトで、すでに何年も遅れていたが、2015年にオバマ大統領が、温室ガス排出による悪影響への懸念を理由として、阻止していた。
・オイルサンドから(使用可能な)原油を作るには、他の形式の石油よりも大量のエネルギーを使って採取し、精製する(ナフサや灯油などの軽い石油製品を混ぜる)必要があり、結果として米国で使用されている平均的な石油よりも多くのCO2を排出している。
・国務省は金曜日に許可を発表するにあたり「(当該パイプラインが完成しても)オイルサンドの採取量に重要な影響を与えるほどではないし、温室ガス排出を大量に増化せしめることにはならない」としている。国務省は、オバマ大統領時代の2014年に出した環境影響声明(environmental impact statement)を繰り返した(評価は180度異なる、ということか)。
・トランプ大統領は就任してすぐに、主管官庁である国務省はトランスカナダからの申請がなされてから60日以内に結論を出すように、との大統領令に署名していた。今回の許可は申請後、57日目に出された。
・建設許可が出されたことから、トランスカナダは(オバマ大統領の阻止命令に対してクレームしていた)NAFTAに基づく150億ドルの補償請求を取り下げた(Jan 6, 2016付 FT記事 “TransCanada seeks $15bn over Keystone” 参照)。
・然し、これで終わりではない。パイプラインが通過するネブラスカ州の許可が必要で、早くて9月14日までに最終決定が出される。モンタナ、南ダコタ州はすでに許可済みだが、環境派やネィティブアメリカン部族は法的対抗措置を含む抵抗運動を行うと警告している。
・トランプ大統領は、キーストーンXLプロジェクトでは米国産鉄鋼製品が使用されるとしているが、ほとんどがすでに手当済みだ。トランスカナダは2012年に、必要なパイプの半分はインドのWelspun社のアーカンソー工場およびカナダ、イタリア、インドの製品だ、と発表している。
・トランスカナダは、プロジェクトは遅れているが石油会社の需要はある。83万BD能力のほとんどはカナダ産原油に使用されるが、10万BDまでは北ダコタ州バッケンからの米国産原油(シェールオイル)に使われるだろう、としている。
なおパイプラインというものは、建設が終了したらほとんど仕事はない。保守管理が必要なだけだ。だからトランプ大統領が言っている「直接的、間接的に何万人もの雇用が期待できる」というのも、せいぜい1年程度のことだということは留意しておく必要があろう。
石油産業というものはすべからく、労働集約型ではなく資本集約型なのだ。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月25日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。