日経が今朝「トランプ氏、大統領令で温暖化対策撤回」と報じているように、トランプ大統領は選挙戦中に打ち出した公約をまた一つ、中途半端に実現しようとしている。
以下に紹介するFT記事にあるように、トランプ大統領は選挙戦中に「地球温暖化なる脅威は、米国製造業の競争力をなくさせるために中国が作り上げた科学だから、米国はパリ協定を破棄 (cancel)する」と約束していた。その公約実行の一環として昨日、オバマ時代の環境対策関連の法令をすべて見直すよう指令を出したのだ。だが「パリ協定」については一切触れていない。本件は、政権内部でいまだに「協議中」だと伝えられている。
今回の大統領令もまた、選挙民にウケのいい「雇用拡大」を前面に打ち出している。だが、エネルギー政策という観点からはまったく整合性がない。「石炭」の消費を減退させ、石炭産業を衰退に追い込んでいるのは、シェール革命によって安価に、大量に供給されることになった「天然ガス」だからだ。
今回の大統領令が現実に実行され、工場や火力発電所、あるいは石炭や石油・ガスの生産現場からのメタンやCO2などの排出ガス規制が緩められたら、石炭のみならず石油、ガスの生産業者等のコスト削減につながる。つまり、石炭のライバルである天然ガスの生産コストも下がることになり、現在のガスの方が石炭よりコスト的に優位だという構図は不変だ。したがって、石炭産業が復興して、石炭労働者の数が増えることにはならないだろう。
やはりトランプには、主義・主張、理念、哲学などといったものはまったく無いのだ。
これが「予測不可能」なトランプの弱みであり、また強みなのだろうな。
本件に関連して今朝FTが報じている3つの記事から、筆者が一番興味深いと思った “Exxon urges Trump to keep US in Paris climate accord”(around 22:00 on March 29, 2017 Tokyo time)の要点を次のとおり紹介しておこう。
(他の2つは、”Trump’s blow to Paris climate deal is no knockout” と ”Trump to unwind Obama’s actions on climate change”)
・エクソンはトランプ政権に書簡を送り、2015年末に合意したパリ協定に留まるよう要請した。
・トランプ大統領の国際エネルギー問題と環境問題担当の特別補佐官に送った書簡の中でエクソンは、パリ協定は気候変動リスクに取り組む有効な枠組だと指摘した。
・この書簡は先週送られているが、トランプ大統領が、パリ協定には触れないが、オバマ大統領の気候変動政策のいくつかを差し戻す大統領令を発表する準備をしている、ということで表に出てきた。
・政府高官は、パリ協定への参加問題はまだ「協議中」で、米国のエネルギー会社の意見を聴取しているところだ、としている。
・エクソンはこの書簡の中で、発電燃料として石炭よりCO2の排出量が少ない天然ガスの使用を促進する余地があるから、ということを含め、米国がパリ協定にとどまるべき複数の理由を述べている。欧州をはじめとする大手国際石油会社の何社かは、ガス需要を促進するかも知れないため、気候変動対応策を支持している。
・この書簡の中で、エクソンの環境政策・企画担当マネージャーのPeter Trelenbergは「世界のエネルギー市場が可能な限り自由で競争が働くものとしておくためにも、公平な取引を保証するパリ協定に米国が留まることは賢明なことだ」と書いている。
・また、パリ協定の枠組の中で、豊富なガス埋蔵量を持ち「石油、ガス、石油化学など創造力に富んだ(innovative)な産業界」を持つ米国は、国際的競争力があるとしている。
・トランプは選挙戦中、就任したら100日以内にパリ協定を破棄(cancel)するし、地球温暖化の脅威なる科学は、米国製造業の競争力をなくすために中国が中国のために作り出したものだ、と称していた。
・環境保護庁の長官Scott Pruittは、先週末のABC Newsの番組で、パリ協定は「単にまずい取引(just a bad deal)」だと批判した。
・だが政権内でも、James Mattis国防長官や、エクソンの前最高経営責任者のRex Tillerson国務長官などは、パリ協定を支持していると伝えられている。
・北ダコタ州選出の共和党下院議員でトランプ大統領のエネルギー政策をアドバイスしているKevin Cramerは、大統領に書簡を送り、米国は、温暖化ガス排出のコミットメントを減少させつつパリ協定に留まるべきだ、と進言している。
・過去の気候温暖化問題への対応を環境派から大いに批判され、また本件に関する過去の発表内容に関してニューヨーク州やマサチューセッツ州の司法長官の調査を受けているエクソンは、これまで繰り返してパリ協定支持を表明している。
・1月1日に新たに最高経営責任者に就任したDaren Woodsは、最初のプログ投稿で「気候変動リスクは」産業界、政府および消費者の「行動を保障する(warrant))」もので、パリでなされた誓い(pledge)は「排出ガスに対応するすべての国にとって有効な枠組だ」と述べている。
・政府への書簡の中でエクソンは、中国やインドを含む新興国も先進国と同様に排出ガス規制の誓いを行っているので、パリ協定は1997年の京都議定書よりは優れている、と指摘している。
・さらに、パリ協定に留まれば米国は、排出ガスを減少させるもっともコスト効率の良い方法を見つけだすための、競争に基づいた自由な市場を生み出すことが可能になるだろう、としている。
なるほど。
ガスも生産している米国石油業界も求めているのなら、石炭業界だけの「政治圧力」では、「パリ協定」離脱は実現しないかも知れないな。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月29日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。